日常の延長では、もう選ばれない|地域の飲食店が作るべき「良空間」

日常の延長では、もう選ばれない|地域の飲食店が作るべき「良空間」
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日常のランチは厳しいのに、600円のミニいくら丼は土日によく出る。がぶ飲み食堂の現場には、今、そんな対照があります。値上げ後のランチ客数は厳しい状況です。一方で、ミニいくら丼は実際によく注文されています。単に「安いものしか売れない」のであれば、この違いをどう考えればよいのでしょうか。

RBR合同会社として飲食店経営の情報を発信し、がぶ飲み食堂の運営に携わる新田敏之です。僕はこの違いを、価格だけでなく、お客さんが外食に求める役割から考えています。生活の中で食事を済ませることと、今日は少し楽しもうと思って食べることでは、同じ出費でも意味が変わるのではないか、という仮説です。

ここから書くのは、すべての消費者に当てはまる予測ではありません。限られた現場の観察を出発点に、僕たちがどんな店を作るべきかを考える話です。※画像はイメージです。実際の店舗や料理を再現したものではありません。

値上げだけでは埋まらない、店とお客さんの距離

メニューを見ながら価格を考える食堂の店主のイメージ

店を続けるために必要な価格と、お客さんが日常的に払える金額は、必ずしも一致しません。店には材料や人の手が必要で、その費用を価格に反映させなければ、営業そのものが成り立たなくなります。がぶ飲み食堂でも、さらに価格改定を検討しています。ただ、店側に理由があることと、お客さんが通う回数を維持できることは別の問題です。

たとえば仕事の合間の昼食なら、一回の満足だけでなく、繰り返し払えるかどうかが大切になります。一食ごとの差が小さく見えても、何度も利用すれば負担は積み重なります。「この値上げは仕方がない」と理解してくれた人が、それでも来店を減らすことはあり得ます。店への不満がなくても、距離が開く可能性はあるのです。

だから、今までと同じ利用理由のまま、価格だけを変えていく商売には限界があるのではないかと考えています。値上げを否定したいわけではありません。価格改定と同時に、その金額を払って来る理由を点検しなければならない、ということです。

これは個人店なら危ない、チェーンなら安心、という区分で片づく話でもありません。業態や商圏、利用頻度、費用の構造によって状況は違います。僕たちが見るべきなのは店の分類より、自分たちの価格と、お客さんの暮らしの中での使われ方が合っているかどうかです。

外食に残る「小さな贅沢」の需要

休日に好きな料理を囲んで食事を楽しむ家族や仲間のイメージ

日常の外食を控える人がいても、外食を楽しみたい気持ちまでなくなるとは限りません。旅行や欲しい物など、大きな支出を見送った代わりに、「せめて今日はおいしいものを食べたい」と思う場面があるのではないでしょうか。これは来店客への調査で確認した結論ではなく、僕が現場から考えている需要の仮説です。

そのとき求められるのは、必ずしも高額な贅沢ではないと思います。予算を大きく超えずに、普段とは少し違う料理を味わい、一緒に来た人と気持ちよく過ごせること。お腹が満ちるだけでなく、気分がほどける時間にお金を払う。そんな外食なら、日常の食費とは違う判断が働く可能性があります。

もちろん、毎日の食事を支える外食の需要がすべてなくなるとは考えていません。短い時間で食べられることや、手頃に満腹になれることにも価値があります。一人のお客さんの中にも、平日は出費を抑え、休日は少し楽しむという使い分けがあるはずです。

経営者としては「節約する人」と「お金を使う人」に分けて終わらせず、今日は何のために来たのかを見たい。その目的に合った選択肢があるかどうかで、注文も満足も変わると考えています。

600円のミニいくら丼が教えてくれること

仲間との食卓に追加された、小ぶりなミニいくら丼のイメージ

がぶ飲み食堂の600円のミニいくら丼は、実際によく注文され、特に土日に出ます。ここで確認できているのは、その注文の傾向です。これだけでお客さんの家計や、注文した理由まで分かるわけではありません。それでも、ランチ客数が厳しい状況と並べて見る価値はあります。

一回の食事を決められた予算に収めたい場面では、追加の600円は慎重に考える金額かもしれません。一方、飲みで集まって食事を楽しんでいる場面では、「せっかく来たし、これも食べよう」と思える一皿になる。僕はそういう心理があるのではないかと見ています。ただし、この気持ちは顧客アンケートで確認した事実ではありません。

ミニであることにも意味がありそうです。すでに料理を食べていても、小ぶりなら追加を考えやすい。主役の食事を丸ごと置き換えるのではなく、今の時間に少し楽しさを足せます。量や金額を含めて、選びやすい形になっているか。商品を見るときは、食材の魅力だけでなく、注文する場面まで考える必要があります。

今後は曜日や時間帯、食事中心か飲みの集まりかなど、利用場面と注文を合わせて見ていきたいです。「売れたから正解」で止まらず、どんな場面で選ばれたのかをつかむ。その積み重ねが、次の商品を考える根拠になります。

商品開発の芯は「お手頃なのに、心が満たされる」

焼きふぐとヒレ酒をゆったり楽しむ食卓のイメージ

僕が商品開発の芯に置きたいのは、「お手頃なのに、心が満たされる」という感覚です。高級食材を使うことや、SNSで目立つ見た目を作ること自体が目的ではありません。その料理があると、お客さんの時間がどう豊かになるのか。そこから考えたいのです。

がぶ飲み食堂では、焼きふぐとヒレ酒をすでに打ち出しています。家では普段しない準備や調理を、自分で段取りすることなく楽しめるのは外食の価値です。料理が焼けるのを待つ時間や、香りを感じながら一口を味わう時間にも楽しみがあります。珍しさだけに頼らず、身近な店で気軽に経験できる形にしたいと考えています。

サザエのつぼ焼きも、その視点で導入を検討しています。まだ提供中の商品ではありません。焼き醤油の香り、焼ける様子、殻から身を取り出す楽しさ。食べ終えるまでに小さな動きがあり、同じ卓で会話が生まれるきっかけにもなりそうです。僕が重視しているのは、サザエそのものに加えて、その料理が店に持ち込む雰囲気です。

発信するときも、まず「なぜ食べたくなるのか」が伝わるようにしたいです。香りや食べ方、誰とどんな時間を楽しめるかを具体的に伝え、そのうえで価格と量を分かりやすく示す。価格を隠して期待だけを膨らませるのでは、気兼ねなく選べません。食べたい気持ちと、予算への安心を一緒に届けることが必要です。

一皿から、店全体の「良空間」を作る

サザエのつぼ焼きの香りと周囲のにぎわい。導入後を想定したイメージ
サザエのつぼ焼きは導入を検討中です。画像は導入後を想定したイメージです。

サザエを焼く香りが届けば、注文していない人も「何を焼いているのだろう」と感じるかもしれません。料理の音や湯気、隣の卓で楽しそうに食べる様子は、一皿の外側にも広がります。料理は注文した人のためのものですが、それが作る雰囲気は、店全体の体験の一部になる可能性があります。

僕が考える「良空間」は、内装の格好よさだけではありません。料理、香り、にぎわい、接客、居心地、気兼ねなく選べる価格、そして会計の納得感。それらがかみ合い、落ち着いて楽しめる場所です。料理だけが良くても、頼みにくかったり、待つ理由が分からなかったりすれば、気持ちは満たされにくくなります。

ただし、香りや音を誰もが喜ぶとは限りません。にぎやかさが負担になる人もいます。換気や席の配置、声のかけ方まで含めて、楽しさを押しつけない配慮が必要です。手頃に食事を済ませる人も、もう一品の贅沢を加える人も、自分の使い方で過ごせる店を目指したいです。

同時に、厨房の負担や廃棄、利益が成立しなければ続きません。新しい料理のたびに仕込みが複雑になり、ほかの注文が遅れれば、店全体の満足を下げてしまいます。試す段階から、準備と提供にかかる手間、残りやすさ、売上から必要な費用を引いて残るものを確認する。満足を増やす工夫と、無理なく続ける設計をセットで考えます。

地域のロードサイド店は「まぐれ打ち」ができない

住宅地のロードサイド店を目指して訪れる家族や仲間のイメージ

観光などで「この場所に来たついでに食べよう」という来店と、地域で「今日はこの店に行こう」と決める来店では、選ばれる入口が違います。観光地の店にも、料理や接客を磨いて目的地になる店はあります。観光地を一括りに評価したいのではなく、自分たちが頼れる来店理由を見極めたいのです。

がぶ飲み食堂は、地域密着型のロードサイド店です。観光客や偶然の通りがかりだけを当てにして、商売を組み立てることはできません。「まぐれ打ち」ができないというのは、偶然の来店が一切ないという意味ではなく、それに採算を預けられないという意味です。地域の人が、わざわざ向かう理由が必要になります。

ここでは、来店前と来店後を分けて考えます。来店前の「あの料理を食べたい」「家族で気楽に過ごしたい」は、店まで足を運ぶ目的です。来店してからの「せっかく来たし、ミニいくら丼も頼もう」は、その時間に楽しさを足す判断です。追加注文だけを増やそうとしても、最初の来店理由が弱ければ入口は広がりません。

そして、最後の会計も次の集客につながっています。注文するときに価格が分かり、食べた内容と過ごした時間に納得できる。「これだけ楽しめて、来てよかった」と思えることが、次に家族や仲間と店を選ぶときの記憶になります。一度の客単価だけでなく、また来ようと思える着地までが店づくりです。

みんなの平均点より、誰かの「ここが好き」

常連客とスタッフが自然に会話を交わす、居心地のよい食堂のイメージ

地域の大盛り店を一般化した例で考えると、選ばれる理由の分かりやすさが見えてきます。「あそこなら腹いっぱいになれる」という期待があれば、しっかり食べたい日に思い出してもらえます。すべての人が大盛りを求める必要はありません。特定の利用目的に対して、何を期待できるかが明確であることに強さがあります。

僕たちも、幅広く無難に合わせるだけでなく、「ここが好き」と言える理由を育てたいです。それは料理一つかもしれませんし、気兼ねなく過ごせる接客かもしれません。ただ、好みを尖らせることと、基本をおろそかにすることは別です。清潔さや提供の安定、分かりやすい価格は、その好きという気持ちを支える土台になります。

熱心なファンが少しいれば経営が成り立つ、という話でもありません。商圏の中に、採算を支える人数と来店頻度が必要です。席数や営業日、来店一回で残る利益を踏まえ、どのくらい繰り返し使ってもらう必要があるのかを考える。反応の良い一日だけで判断せず、続けて選ばれているかを見ていきたいです。

値上げ後のランチの厳しさを、追加注文があるから大丈夫と楽観するつもりはありません。日常の使いやすさを点検しながら、楽しむために来る理由も作る。その両方に向き合う必要があります。僕はがぶ飲み食堂で、「お手頃な贅沢を、気兼ねなく楽しめる良空間」を磨いていきます。地域の人が「今日はあそこへ行こう」と思い出し、会計のあとに「また来たい」と感じられる店を、料理と運営の両方から作っていきたいです。

この記事を書いた人 Wrote this article

新田 敏之

新田 敏之 RBR合同会社 統括 / 男性

RBR(Restaurant Business Reform)代表。 鉄板焼きの現場で25年。 これまで数多くの飲食店の立て直しを中心とした経営改善に携わり、売上改善、商品開発、人材育成、オペレーション構築、デリバリー事業の立ち上げなど、現場に入りながら支援を行ってきました。 現在は「ガブ飲み食堂」を運営しながら、主力商品の開発・ソースや商品の卸事業、デリバリーFC事業の展開、そして飲食店の経営改善支援を行っています。 このブログで発信するのは、机上の理論ではありません。 すべて現場で試し、失敗し、改善を繰り返してきた実践知です。 料理だけでは、お店は続きません。 利益が残る仕組み、人が育つ環境、お客様に選ばれ続ける理由。 私は、その「経営」を一人でも多くの飲食人に届けたいと考えています。 飲食店を増やしたいわけではありません。 利益が残る飲食店を、一店舗でも増やしたい。 その想いを胸に、今日も現場で挑戦を続けています。