
~会社に人生を預ける人間は、経営者にはなれない~
1.独立したいと言う人は多い

飲食業界で働いていると、
「いつか自分の店を持ちたいです」
「将来は独立したいと思っています」
そう口にする人に、何度も出会います。
自分の料理を出したい。
自分の考えた店を作りたい。
誰かに使われるのではなく、自分の力で生きていきたい。
その気持ちは、よく分かります。
私自身も、最初から経営者だったわけではありません。
現場で働き、料理を作り、お客様と向き合い、失敗を重ねながら、少しずつ経営を学んできました。
だからこそ私は、
「独立したい」
という言葉を、軽く扱いたくありません。
その言葉には、本来、大きな覚悟が必要だからです。
独立すれば、自由になれる。
自分の好きな料理を作れる。
誰にも命令されずに働ける。
そう考えている人もいるかもしれません。
しかし、実際の独立は、そんなに都合の良いものではありません。
店を開けても、お客様が来るとは限らない。
料理がおいしくても、売れるとは限らない。
売上があっても、利益が残るとは限らない。
スタッフを雇っても、定着するとは限らない。
広告を出しても、結果が出るとは限らない。
設備が壊れる。
材料費が上がる。
人が辞める。
クレームが入る。
予想していなかった問題が、毎日のように起こります。
そのすべてに対して、
誰かが答えを教えてくれるわけではありません。
最後に判断するのは自分です。
失敗したときに責任を取るのも自分です。
お金が足りなくなったときに、どうにかするのも自分です。
独立とは、
自分の好きなことを自由にすることではありません。
自分の人生と事業に起きることを、自分の頭で考え、自分で選び、自分で責任を負うことです。
だから私は、
「いつか独立したいです」
という言葉だけでは、その人が本当に独立できるかどうかを判断しません。
私は、その人の今の働き方を見ます。
目の前の仕事に、どのように向き合っているのか。
言われたことだけをこなしているのか。
なぜこの商品が売れるのかを考えているのか。
なぜ今日のお客様が少なかったのかを考えているのか。
店が忙しいときに、自分の持ち場だけを見ているのか。
それとも、店全体を見ながら自分にできることを探しているのか。
失敗したとき、環境や上司のせいにするのか。
それとも、自分の行動に改善できる部分がなかったかを考えるのか。
給料をもらうためだけに働いているのか。
それとも、今いる環境から何かをつかみ取ろうとしているのか。
独立できる人間かどうかは、
開業資金を持っているかどうかだけでは決まりません。
料理が上手かどうかだけでも決まりません。
長く働いているかどうかでもありません。
私は、
日々の小さな選択の中に、その人が将来、経営者になれるかどうかが表れる
と考えています。
たとえば、店で新しい取り組みが始まったとき。
面倒な仕事が増えたと不満を言うのか。
なぜ会社はこの取り組みを始めたのかと考えるのか。
新商品が売れなかったとき。
「この商品は駄目だった」で終わるのか。
写真なのか。
価格なのか。
ネーミングなのか。
提供方法なのか。
お客様への伝え方なのか。
どこに原因があるのかを考えるのか。
同じ現場で働いていても、
単に作業をしている人と、
経営を学んでいる人では、
過ごしている時間の価値がまったく違います。
一方は、一日を給料に変えています。
もう一方は、一日を給料だけでなく、経験、知識、判断力、思考力に変えています。
この差は、一日では見えません。
一か月でも、ほとんど見えないかもしれません。
しかし、三年、五年、十年と積み重なれば、取り返すことが難しいほど大きな差になります。
独立したいと口では言いながら、
毎日同じ作業を繰り返し、
仕事が終われば仕事のことは一切考えず、
数字も見ない。
本も読まない。
経営者の判断にも関心を持たない。
自分の将来を変えるための学習もしない。
それで数年後、突然、経営者として考えられるようになることはありません。
店を出した瞬間に、
経営者の頭へ切り替わるわけではないからです。
経営者としての思考は、
独立してから身につけるものではありません。
独立する前から、毎日の仕事の中で鍛え続けるものです。
だからRBRでは、
ただ作業を覚えてもらうことだけを、教育だとは考えていません。
決められたオペレーションを正確に回せることは、もちろん大切です。
しかし、それだけでは、いつまで経っても誰かの指示を待つ人になってしまいます。
なぜこの作業が必要なのか。
なぜこの順番なのか。
なぜこの商品を売るのか。
なぜこの数字を追うのか。
なぜ今、この店を変えようとしているのか。
そこまで考えられる環境を作らなければ、
人は単なる作業員のままです。
そして、独立を目指す本人にも、
その環境を自分から利用する姿勢が必要です。
どれほど多くのことを見せても、
何も考えずに働いていれば、何も残りません。
経営者の近くにいても、
経営者の判断に興味を持たなければ、ただ同じ場所にいるだけです。
私は、
「独立したい」という言葉を否定したいわけではありません。
むしろ、本当に独立したい人には、できる限り多くのものを見せたい。
商品の作り方。
数字の見方。
人件費の考え方。
集客の仕組み。
失敗した施策。
うまくいかなかった判断。
経営者が何に悩み、何を基準に決断しているのか。
良い部分だけではなく、
経営の苦しさや厳しさまで含めて見せたいと考えています。
なぜなら、
独立を目指す人にとって、本当に価値があるのは、
きれいに整えられた成功談ではないからです。
問題が起きたときに、経営者が何を見ているのか。
売上が落ちたときに、何を変えるのか。
人が足りないときに、どう店を守るのか。
資金に余裕がない中で、何を優先するのか。
その生々しい思考の過程こそが、
将来、自分の店を持ったときの財産になります。
だから私は、
独立したいと言う人の「言葉」よりも、
今の働き方を見ています。
今いる職場で、何を学ぼうとしているのか。
自分の時間を、何に変えようとしているのか。
誰かに人生を決めてもらおうとしていないか。
自分の未来を、自分で設計しようとしているか。
独立は、開業届を出した日から始まるのではありません。
物件を契約した日でもありません。
融資を受けた日でもありません。
自分の人生を、自分の頭で考え始めた日から、独立への道は始まっています。
2.給料で職場を選ぶ人は、人生を選べない

働く場所を選ぶとき、
給料を見る。
休日を見る。
福利厚生を見る。
それ自体は、決して間違ったことではありません。
人は生活をしなければならない。
家賃も必要です。
食費も必要です。
家族がいれば、守らなければならない生活があります。
将来への不安もある。
だから、少しでも給料が高く、休みが多く、安心して働ける会社を選びたいと考えるのは、当然のことです。
私は、
給料を気にするなと言いたいわけではありません。
休みを我慢しろと言いたいわけでもありません。
悪い環境で耐え続けることが、成長につながるとも考えていません。
生活は大切です。
心と身体を壊してまで働く必要もありません。
しかし、
本気で独立を目指している人まで、
給料、休日、福利厚生だけを基準に職場を選んでいるとしたら、私は強い違和感を覚えます。
なぜなら、それはまだ、
労働者として条件の良い場所を探している思考
だからです。
経営者を目指す人間が考えなければならないのは、
その職場から毎月いくらもらえるかだけではありません。
その場所で、
何を学べるのか。
誰の近くで働けるのか。
どのような経験ができるのか。
自分の市場価値が、どれだけ上がるのか。
数年後に、その職場を離れたとしても、自分の中に何が残るのか。
そこまで考えて、初めて人生を選んでいると言えます。
たとえば、
月給が二万円高い職場がある。
休日も少し多い。
仕事も慣れた作業が中心で、特に難しい判断を求められない。
一方で、
給料は少し低いかもしれない。
しかし、経営者の近くで働ける。
商品の作り方を見られる。
売上や利益の数字に触れられる。
広告や集客の考え方を学べる。
新店舗の立ち上げにも関われる。
人材教育や採用にも参加できる。
失敗した施策が、なぜ失敗したのかまで聞ける。
独立を目指す人間にとって、
本当に価値が高いのはどちらでしょうか。
もちろん、正解は人によって違います。
現在の生活状況によっても変わります。
しかし少なくとも、
目の前の月給だけを比べて結論を出しているなら、それは未来まで含めた選択ではありません。
今月の収入を選んでいるだけです。
独立を目指す人間は、
一つの職場を単なる勤務先として見てはいけません。
その職場に使う三年、五年という時間を、
自分の未来への投資先
として見なければならないのです。
給料は、今の自分が受け取る対価です。
学びや経験は、未来の自分が受け取る利益です。
この二つを分けて考える必要があります。
月給が少し高くても、
毎日同じ作業を繰り返すだけで、
数字を見る機会もない。
経営判断に触れることもない。
商品開発にも参加できない。
店がどうやって利益を残しているのかも分からない。
上司から言われたことを、正確に実行するだけ。
そこに何年いても、
その会社の中では使える人になるかもしれません。
しかし、
会社の外へ出たときにも価値を生み出せる人になっているかは、別の話です。
逆に、
経営者が何を考えているのかを間近で見られる。
なぜこの価格なのかを聞ける。
なぜこの商品をやめるのかを考えられる。
なぜ人件費を増やす日と減らす日があるのかを学べる。
なぜ広告費を使うのか。
なぜ今は利益が薄くても、新規客を取りにいくのか。
なぜ売れている商品を改良するのか。
そうした判断に触れる毎日は、
ただ働いているように見えて、実際には経営の訓練になっています。
同じ八時間でも、
何を見て、何を考え、何を持ち帰るかによって、その価値はまったく違います。
独立したい人にとって、
職場は給料を受け取るだけの場所ではありません。
経営者になるための実地訓練の場です。
ところが、多くの人は、
今より少し給料が高い。
家から近い。
仕事が楽そう。
休みが多い。
人間関係が面倒ではなさそう。
そうした条件だけで職場を選びます。
もちろん、独立する気がないのであれば、その選び方も一つの生き方です。
安定した生活を大切にする。
仕事と私生活を分ける。
無理のない範囲で働く。
それを否定するつもりはありません。
しかし、
「いつか独立したい」
「自分の店を持ちたい」
そう言いながら、
学べる内容より条件だけを優先するのは、言葉と行動が一致していません。
独立とは、
条件を与えてもらう側から、
条件を作る側へ移ることです。
給料をもらう側から、
給料を支払う側へ移ることです。
決められた休日を受け取る側から、
店を守りながら、自分とスタッフの働き方を設計する側へ移ることです。
福利厚生を利用する側から、
それを用意できる利益を作る側へ移ることです。
その立場を目指す人間が、
自分の職場選びすら目先の条件だけで決めている。
それで本当に、
将来、経営者として何百もの選択を自分でできるのでしょうか。
経営者は、
常に不完全な条件の中で判断します。
人も足りない。
お金も足りない。
時間も足りない。
情報も十分ではない。
それでも、
今どこへ投資するのか。
何を捨てるのか。
何を優先するのか。
自分で決めなければならない。
独立を目指すのであれば、
職場を選ぶ段階から、その練習は始まっています。
「一番条件が良いところはどこか」
ではなく、
「今の自分に必要な経験は何か」
「次の三年を、どこに投資すべきか」
「どの経営者の近くにいれば、自分の頭が育つのか」
そう考えて選ぶ。
それが、経営者を目指す人間の職場選びです。
そして、もう一つ大切なことがあります。
生活が苦しいから、給料の高い職場から離れられない。
今の会社を辞めたら、暮らしていけない。
だから、本当に学びたい場所へ移ることができない。
これは、珍しいことではありません。
むしろ、多くの人が抱えている現実です。
だからこそ私は、
独立したい人ほど、職場だけに収入を依存してはいけないと考えています。
職場以外でもお金を生み出す力を、少しずつ身につける。
小さくてもいい。
月に一万円でもいい。
自分の知識や技術を使って稼ぐ。
商売を試す。
投資を学ぶ。
発信をする。
商品を売る。
自分の頭で、お金が生まれる仕組みを考える。
職場以外から収入を得られるようになると、人生の選択肢が増えます。
給料が少し下がっても、学びたい場所を選べる。
理不尽な職場に、生活のためだけにしがみつかなくて済む。
この経営者から学ぶものがなくなったと思えば、次へ進める。
自分の意思で働く場所を選べるようになる。
反対に、
毎月の給料が止まれば、すぐに生活が破綻する。
常に給料日前にはお金がない。
会社を辞めたくても、辞めた後の生活が怖い。
その状態では、
会社が用意した条件の中で生きるしかありません。
会社に不満があっても、耐える。
学ぶものがなくても、居続ける。
もっと価値のある環境があっても、動けない。
それは、自分で人生を選んでいる状態ではありません。
給料によって、人生の選択肢を握られている状態です。
経営者の中には、
社員が会社に依存している方が扱いやすいと考える人もいます。
給料が止まれば困る。
転職する勇気もない。
他に稼ぐ力もない。
そういう人ほど、
多少の理不尽にも耐えます。
意見を言わない。
辞めると言わない。
会社の方針に従い続ける。
経営者にとって、これほど都合の良い人材はいないかもしれません。
しかし、
独立を目指す人間が、その状態に甘んじてはいけません。
何を学ぶかも、
どこで働くかも、
いつ辞めるかも、
自分で決められない。
その状態で、
どうして高いリスクを背負って独立できるのでしょうか。
どうして借金をし、
物件を契約し、
人を雇い、
売上を作り、
すべての責任を背負う経営者になれるのでしょうか。
直属の上司に、
「ここで学ぶべきことは学びました。次へ進みます」
その一言さえ、自分の意思で言えない。
嫌われるのが怖い。
引き止められるのが怖い。
収入が途切れるのが怖い。
周囲から何を言われるかが怖い。
そんな状態のままでは、
独立はまだ遠い。
独立に必要なのは、
怖くないことではありません。
怖くても、自分の人生に必要な選択をする力です。
給料も大切です。
休日も大切です。
福利厚生も大切です。
しかし、それらは人生の目的ではありません。
自分の人生を前へ進めるための条件の一部にすぎない。
条件に人生を合わせるのではなく、
自分が目指す人生に必要な条件を選ぶ。
その力がなければ、
たとえ店を持てたとしても、
目の前の売上や借金や周囲の意見に振り回され続けます。
独立したいのであれば、
職場を選ぶ前に考えてほしい。
その会社から、いくらもらえるのかではありません。
その会社で過ごす時間を、何に変えられるのか。
そして、
その会社がなくなっても、自分は生きていけるのか。
その問いに向き合うことが、
人生を自分で選ぶための第一歩だと、私は考えています。
3.包丁一本で渡り歩け

私は、独立したい人によくこう言います。
「包丁一本で渡り歩け。」
この言葉だけを聞くと、
「すぐに転職しろ。」
「長く勤めるな。」
そんな意味に聞こえるかもしれません。
しかし、私が言いたいのはまったく違います。
私は、
学べることがある限り、その店で必死に学べ。
そして、
学び切ったら、感謝して次の環境へ進め。
そう伝えたいのです。
一つの店には、
一つの経営があります。
一人の経営者には、
一つの考え方があります。
どれほど優秀な経営者でも、
すべてを知っている人はいません。
商品開発が得意な人もいます。
接客を極めた人もいます。
数字に強い人もいます。
教育が上手な人もいます。
広告が得意な人もいます。
店舗展開に長けた人もいます。
逆に、
料理は素晴らしいのに経営は苦手な人もいます。
集客は得意でも人材育成は苦手な人もいます。
つまり、
一人の経営者から学べることには限りがあります。
だから私は、
独立を目指す人には、
経営者を渡り歩け
と言うのです。
店を渡り歩くのではありません。
経営者の頭の中を渡り歩くのです。
料理を学ぶ。
商品開発を学ぶ。
原価の考え方を学ぶ。
利益の考え方を学ぶ。
接客を学ぶ。
スタッフ教育を学ぶ。
広告を学ぶ。
数字を見る習慣を学ぶ。
お客様との向き合い方を学ぶ。
クレーム対応を学ぶ。
そして、
「なぜ、この経営者はそう判断したのか。」
そこまで考える。
私は、
独立したい人ほど、
経営者の判断を盗んでほしいと思っています。
売上が落ちたとき、
なぜこの商品をやめたのか。
人が辞めたとき、
なぜ採用を急いだのか。
利益が出たとき、
なぜ設備投資をしたのか。
広告を出すとき、
なぜこの媒体を選んだのか。
店内を改装するとき、
なぜ今なのか。
そうした一つひとつの判断には、
必ず理由があります。
その理由を考えることが、
経営を学ぶということです。
しかし、多くの人は違います。
自分の持ち場だけを見る。
料理だけを見る。
ホールだけを見る。
言われた仕事だけを終わらせる。
それでは、
十年働いても、
十年分の経験にはなりません。
同じ一年を十回繰り返しただけです。
私は、
経験年数という言葉をあまり信用していません。
五年働いた人でも、
毎日考え続けた人は、
五年分の経験があります。
しかし、
十年働いても、
毎日同じ作業を繰り返しただけなら、
一年目とほとんど変わらない人もいます。
経験とは、
時間ではありません。
考えた量です。
だから私は、
職場を選ぶときに、
「何年働けるか」
ではなく、
「この経営者から何を盗めるか。」
そこを見てほしいと思っています。
そして、
学ぶものがなくなったなら、
その店にしがみつく必要はありません。
もちろん、
恩を忘れろと言っているわけではありません。
途中で投げ出せと言っているわけでもありません。
育ててもらった会社には感謝する。
お世話になった経営者には敬意を持つ。
最後まで責任を果たして卒業する。
それが社会人として当然の姿勢です。
しかし、
感謝と依存は違います。
「お世話になったから辞められない。」
「辞めると言い出せない。」
「本当は学ぶことがないと分かっているのに居続ける。」
それは、
会社に恩返しをしているのではありません。
自分の人生を止めているだけです。
人生には、
次のステージへ進まなければならない瞬間があります。
料理を覚えたなら、
次は数字を学ぶ。
数字を覚えたなら、
次は教育を学ぶ。
教育を覚えたなら、
次は経営判断を学ぶ。
一歩ずつ、
自分が知らない世界へ進んでいく。
それが、
独立に必要な経験を積むということです。
私は、
独立とは、
料理人として完成することではないと思っています。
様々な経営者の思考を吸収し、自分自身の経営哲学を作ること。
その積み重ねの先に、
初めて自分だけの店があります。
だから私は、
独立したい人に、
「どこの店で働くのか。」
とは聞きません。
こう聞きます。
「今の経営者から、何を学んでいる?」
この質問に答えられないのであれば、
その人は働いているだけで、
まだ経営を学んではいません。
包丁一本で渡り歩くというのは、
職場を転々とすることではありません。
自分の人生を豊かにしてくれる学びを求め続ける生き方です。
その姿勢を持った人だけが、
いつか自分の店を持ったとき、
「この考え方は、あの経営者から学んだ。」
「この判断は、あの店で見た。」
そう言える経営者になれるのだと、私は思っています。
4.人生をデザインする力がない人間が、経営なんてできるのか?

ここまで読んで、
「今の職場には、もう学ぶものがない」
「本当は別の環境へ進んだ方がいい」
そう感じた人もいるかもしれません。
では、なぜ辞めないのでしょうか。
直属の上司に、
「辞めます」
その一言が言えない。
嫌われるのが怖い。
引き止められるのが面倒だ。
職場の空気が悪くなるのが怖い。
同僚から何を言われるか気になる。
世話になった人を裏切るようで申し訳ない。
次の職場でうまくいかなかったらどうしよう。
収入が途切れたらどうしよう。
だから、
今日も何となく働き続ける。
来月も働き続ける。
そして一年後も、
同じ場所で同じ不満を口にしている。
私は、そんな人を見るたびに思います。
自分の人生の進路すら自分で決められない人間が、どうやって経営者になるのか。
独立とは、
「店を出したい」と宣言すれば始まるものではありません。
物件を契約すれば経営者になれるわけでもない。
会社を辞めれば、自動的に自由になれるわけでもありません。
独立とは、
自分の人生に起きることを自分で引き受けることです。
どこで働くのか。
誰から学ぶのか。
何を身につけるのか。
何を捨てるのか。
いつ次へ進むのか。
どこで勝負するのか。
その一つひとつを、自分で決めなければなりません。
しかし現実には、
自分が今いる職場を辞めるという、
人生の中では比較的小さな決断すらできない人がいます。
直属の上司に、
「辞めます」
と言うだけです。
会社を倒産させる決断ではありません。
何千万円もの投資を決める話でもありません。
スタッフの生活を背負う判断でもありません。
一つの職場を離れ、
次の環境へ進むという、自分自身の選択です。
それすら、
周囲の顔色をうかがい、
誰かの許可を待ち、
嫌われることを恐れ、
決断を先送りし続ける。
そんな状態で、
何百万円、何千万円という借金を背負えますか。
家賃が毎月発生する物件を契約できますか。
売上が足りない月に、
自分の貯金を店へ入れられますか。
スタッフに給料を支払うために、
自分の生活費を後回しにできますか。
赤字の商品を廃止できますか。
長く働いてくれたスタッフに、
改善を求められますか。
期待して始めた事業から、
撤退する決断ができますか。
誰も正解を教えてくれない中で、
最後の一人として判断できますか。
独立した後には、
上司はいません。
判断を仰ぐ相手もいません。
失敗を引き取ってくれる会社もありません。
困ったときに、
「会社の方針なので」
「上司に言われたので」
という逃げ道は使えません。
全部、自分です。
売れなければ、自分の責任。
利益が残らなければ、自分の責任。
人が辞めれば、自分の責任。
お客様から選ばれなければ、自分の責任。
もちろん、景気や立地、競合、社会情勢など、自分ではどうにもできない問題もあります。
しかし、それを踏まえて何をするのかを決めるのは、やはり自分です。
経営者は、
自分で変えられないことを嘆き続ける人ではありません。
自分で変えられる部分を探し、決断し、行動する人です。
ところが、独立したいと言いながら、
今の職場が悪い。
上司が悪い。
会社が悪い。
給料が安い。
休みが少ない。
評価されない。
何も教えてもらえない。
そう不満を並べるだけで、
自分では何も変えようとしない人がいます。
それなら、辞めればいい。
学べる職場へ行けばいい。
必要な能力を自分で学べばいい。
会社以外で収入を作ればいい。
経営者の近くへ移ればいい。
自分から質問すればいい。
小さく商売を始めればいい。
しかし、実際には動かない。
なぜなら、
不満を口にしている間は、自分が決断しなくて済むからです。
会社のせいにしていれば、
自分の人生が前へ進まない責任を、自分で引き受けなくて済みます。
上司が悪いことにしておけば、
自分が勉強してこなかった事実を見なくて済みます。
給料が安いことにしておけば、
会社以外で一円も生み出せない自分の現在地と向き合わなくて済みます。
忙しいことにしておけば、
仕事が終わった後に本を読まない理由を作れます。
疲れていることにしておけば、
自分の未来を考えない言い訳になります。
しかし、その言い訳が守ってくれるのは、
今日の自尊心だけです。
将来の人生までは守ってくれません。
厳しい言い方をします。
あなたの人生が前へ進まない理由を、いつまで他人に与え続けるつもりですか。
会社が変わらないから。
上司が認めてくれないから。
家族が反対するから。
同僚に迷惑をかけるから。
景気が悪いから。
お金がないから。
時間がないから。
その理由をすべて並べ終わる頃には、
あなたの人生で使える時間は、どれほど残っているのでしょうか。
時間は命です。
今日使った八時間は、二度と戻ってきません。
一年間、何も考えずに働けば、
一年分の命を使います。
五年間、決断を先送りすれば、
五年分の命を失います。
その時間を使って手に入れたものが、
わずかな給料と、
今の職場でしか通用しない作業だけだったとしたら、
あまりにも高い代償ではないでしょうか。
それでも、
「いつか独立したい」
と言うのでしょうか。
いつかとは、いつですか。
誰かが背中を押してくれたときですか。
十分なお金が貯まったときですか。
景気が良くなったときですか。
家族が全員賛成してくれたときですか。
失敗する可能性がなくなったときですか。
そんな日は来ません。
独立に完璧なタイミングなどありません。
不安がなくなる日もありません。
怖くなくなる日もありません。
経営者になる人は、
不安がないから動くのではありません。
不安があっても、自分で決めて動きます。
怖くても辞める。
自信がなくても学ぶ。
お金が足りなければ作る。
能力が足りなければ身につける。
分からなければ聞く。
失敗したら改善する。
選んだ道が違うと思えば、方向を変える。
自分の人生を自分で修正しながら進んでいく。
それが、人生をデザインするということです。
人生をデザインするとは、
十年後の理想を紙に書いて満足することではありません。
格好の良い目標を掲げることでもありません。
今の生活を見直し、
必要な能力を決め、
働く場所を選び、
学ぶ相手を選び、
収入源を作り、
使う時間を決め、
不要な環境から離れる。
その一つひとつを、
自分の意思で選択することです。
経営とは、
限られた資源をどこへ配分するかを決める仕事です。
お金をどこへ使うのか。
人をどこへ配置するのか。
時間を何に使うのか。
何を続け、何をやめるのか。
人生も同じです。
あなたには、
一日二十四時間しかありません。
使えるお金にも限りがあります。
体力にも限りがあります。
学べる年数にも限りがあります。
その限られた資源を、
誰と過ごすことに使うのか。
どの職場へ投資するのか。
何を学ぶことに使うのか。
何を捨てるのか。
それを決めるのが、人生の経営です。
自分の時間すら管理できない。
自分のお金すら管理できない。
自分が身を置く環境すら選べない。
他人に嫌われることを恐れて、自分の進路を変えられない。
目の前の給料を失うことが怖くて、未来への投資ができない。
そんな人間が、
店の資金を管理し、
スタッフの人生を預かり、
お客様への価値を作り、
何年も事業を生き残らせることなどできるのでしょうか。
店を経営する前に、
自分の人生を経営してください。
自分の人生の舵を、
会社に渡さないでください。
上司に渡さないでください。
親に渡さないでください。
世間に渡さないでください。
そして、
「独立したい」という言葉を、
自分が決断しないための慰めに使わないでください。
本当に独立したいのであれば、
今日から自分で選ぶことです。
今の職場に残るなら、
なぜ残るのかを自分の言葉で説明する。
学ぶものがあるなら、
徹底的に学ぶ。
学ぶものがないなら、
次へ進む準備を始める。
収入が不安なら、
会社以外で稼ぐ力を身につける。
能力が足りないなら、
仕事が終わった後も学ぶ。
上司に言いにくいなら、
それでも自分の口で伝える。
その小さな決断から逃げる人に、
大きな決断ができる日は来ません。
直属の上司に、
「辞めます」
その一言すら言えない人が、
銀行の担当者と融資交渉をするのでしょうか。
家主と家賃交渉をするのでしょうか。
スタッフに厳しい判断を伝えるのでしょうか。
取引先と条件を交渉するのでしょうか。
赤字の中で、店を続けるか撤退するかを決めるのでしょうか。
笑わせるな、と私は思います。
独立は、
会社員生活から逃げるための出口ではありません。
誰かに人生を決めてもらう生き方を終わらせ、
すべてを自分で引き受ける入口です。
その入口に立ちたいのであれば、
まず、自分の人生の小さな決断から逃げないことです。
嫌われる覚悟を持つ。
失敗する覚悟を持つ。
一時的に収入が減る覚悟を持つ。
自分の未熟さと向き合う覚悟を持つ。
そして、
自分が選んだ結果を、他人のせいにしない。
それができないうちは、
独立したいのではありません。
ただ、
今の生活が嫌だから、
別の人生を夢見ているだけです。
夢を見ることと、
人生を動かすことは違います。
経営者になりたいなら、
経営者になる前から決める人間になってください。
誰かが決めた道を歩きながら、
いつか自分の店を持ちたいと語るのではなく、
自分の道を、自分で選んでください。
自分の人生すらデザインできない人間に、店の未来をデザインすることなどできません。
5.会社に生活を握られるな

生活は大切です。
家賃がいる。
食費がいる。
光熱費がいる。
家族がいれば、守らなければならない暮らしがあります。
子どもがいれば、教育費も必要です。
将来のための貯蓄も必要です。
だから人は働きます。
毎月決まった日に給料が振り込まれる。
その安心感は、とても大きい。
私は、
給料を軽く考えているわけではありません。
生活を不安定にしてまで、無謀な挑戦をしろとも言いません。
むしろ、生活が大切だからこそ伝えたい。
会社一社に、自分の生活のすべてを握らせてはいけません。
毎月の収入が、その会社から支払われる給料だけ。
給料が止まれば、翌月の家賃も払えない。
貯金もほとんどない。
会社以外でお金を生み出した経験もない。
自分の技術や知識を、誰かに買ってもらったこともない。
その状態では、
あなたの生活は、自分の手の中にありません。
会社の手の中にあります。
会社が給料を上げなければ、収入は増えない。
会社が休みを与えなければ、時間も増えない。
会社が異動を命じれば、従わなければならない。
上司と合わなくても、簡単には辞められない。
学ぶものがなくなっても、生活のために居続けなければならない。
理不尽な扱いを受けても、
「辞めたら暮らしていけない」
その恐怖が、あなたの口を閉じます。
私は、これを安定とは思いません。
一社に依存し、その会社の判断一つで生活が揺らぐ状態は、むしろ非常に不安定です。
毎月、同じ日に給料が振り込まれる。
それだけを見ると、安定しているように感じます。
しかし、その給料がなくなった瞬間に何もできないのであれば、
それは安定ではありません。
ただ、危険が見えにくくなっているだけです。
独立したい人間が、
この状態のままでいてはいけません。
なぜなら、
会社に生活を握られている人は、
働く場所を自由に選べないからです。
本当は、別の経営者の近くで学びたい。
もっと商品開発に関われる店へ行きたい。
数字を教えてくれる会社で働きたい。
新店舗の立ち上げを経験したい。
給料は少し下がるが、将来につながる仕事へ移りたい。
そう思っても、
今の給料がなくなることが怖くて動けない。
結局、
最も学べる職場ではなく、
今の生活費を払える職場に残る。
自分の未来ではなく、
来月の支払いを基準に職場を選ぶ。
そうやって、
人生の選択肢を、毎月の給料に奪われていきます。
生活を守るために働いていたはずなのに、
いつの間にか、その生活を守るために何も選べなくなる。
辞められない。
挑戦できない。
学び直せない。
収入が一時的に減る選択もできない。
自分の時間を未来へ投資することもできない。
それでは、
会社に雇われているのではありません。
会社に人生を預けています。
そして残念ながら、
社員が会社に依存している方が都合の良い経営者も存在します。
給料が止まれば困る。
他に稼ぐ力がない。
転職する自信もない。
貯金もない。
自分で商売をした経験もない。
そのような社員は、
多少の理不尽があっても辞めません。
条件が悪くても耐えます。
意見を言わない。
会社の判断に逆らわない。
「辞めます」と言えない。
経営者にとっては、扱いやすい人材かもしれません。
毎月ぎりぎりの給料を支払い、
生活するだけで精いっぱいの状態にしておけば、
社員は会社から離れられない。
明確な悪意がなくても、
結果としてそのような構造になっている会社は少なくありません。
私は、
そんな経営を正しいとは思いません。
しかし同時に、
働く側も、自分の人生を会社だけに預けてはいけないと思っています。
会社が自分の人生を守ってくれる。
真面目に働いていれば、将来も安心できる。
長く勤めていれば、何とかしてもらえる。
その考え方は危険です。
会社は事業を守ります。
経営者は会社を存続させるために判断します。
利益が出なければ、人員を減らすこともある。
店舗を閉めることもある。
事業から撤退することもある。
会社が悪いのではありません。
事業を守るためには、必要な判断もあります。
だからこそ、
自分の生活を守る責任まで、会社に負わせてはいけない。
自分の人生を守るのは、自分です。
そのために、
会社以外でも収入を作る力を身につけてください。
私は、
いきなり大きな事業を始めろと言っているのではありません。
毎月何十万円も稼げと言っているわけでもない。
最初は、小さくていい。
月に千円でもいい。
一万円でもいい。
自分の力で、
会社の給料以外からお金を生み出す経験をしてください。
料理ができるなら、その技術をどう売れるのか考える。
商品を作れるなら、小さく販売してみる。
文章が書けるなら、発信して仕事につなげる。
写真が得意なら、撮影を請け負う。
知識があるなら、誰かに教える。
店舗運営の経験があるなら、その経験を必要としている人を探す。
中古品を売ってもいい。
小さなネット販売を始めてもいい。
投資を学んでもいい。
自分に合った方法を探せばいい。
大切なのは、金額ではありません。
会社を通さず、自分で価値を作り、自分でお金を受け取る経験を持つことです。
会社員として働いていると、
仕事は会社が用意してくれます。
商品も会社が作ってくれる。
お客様も会社が集めてくれる。
設備も場所も会社が用意する。
失敗したとしても、基本的には毎月給料が支払われます。
しかし、自分で一円を稼ごうとすると、
何を売るのか。
誰に売るのか。
いくらで売るのか。
どうやって知ってもらうのか。
なぜ自分から買ってもらえるのか。
すべて自分で考えなければなりません。
一万円を自分で稼ぐことは、
会社から一万円の給料を受け取ることとは、まったく意味が違います。
自分で稼いだ一万円の中には、
商品設計があります。
集客があります。
営業があります。
価格設定があります。
信用があります。
失敗と改善があります。
小さな金額の中に、
商売の基本がすべて詰まっています。
独立を目指しているなら、
この経験をしないまま、いきなり店を持つ方が危険です。
何百万円もの融資を受け、
毎月家賃を払い、
スタッフを雇い、
食材を仕入れ、
広告費を使う。
それだけの規模の商売を始めようとしている人が、
会社以外から一円も生み出したことがない。
それで本当に、
独立する準備ができていると言えるのでしょうか。
まずは、小さく稼ぐ。
失敗しても生活が壊れない範囲で試す。
売れなければ原因を考える。
商品を変える。
伝え方を変える。
価格を変える。
もう一度売る。
この繰り返しが、
経営者としての思考を育てます。
そして、
会社以外の収入が少しずつ増えてくると、
人生の見え方が変わります。
給料が二万円下がっても、学びたい職場を選べる。
嫌な会社に無理にしがみつかなくて済む。
上司に自分の意見を言える。
間違ったことに、間違っていると言える。
本当に学ぶものがなくなったとき、
「辞めます」と自分の意思で伝えられる。
会社以外の収入は、
単なるお小遣いではありません。
人生の選択肢を買い戻すためのお金です。
一万円あれば、何日か生活を守れる。
五万円あれば、給料が下がる転職も検討できる。
十万円あれば、働く時間を少し減らして学びに使える。
収入源が複数あれば、
一つが止まっても、すべてを失わずに済む。
収入が増えること以上に、
選べる範囲が広がることに価値があります。
会社に依存しなくなると、
会社を敵として見る必要もなくなります。
給料を上げてくれない。
休みを増やしてくれない。
思うように評価してくれない。
そんな不満だけを抱えて働くのではなく、
この会社から何を学ぶのか。
どこまで経験を積むのか。
いつ次へ進むのか。
冷静に考えられるようになります。
会社との関係も、
依存から選択へ変わります。
「ここに置いてください」としがみつくのではなく、
「今の自分には、この場所で学ぶ価値があるから働く」
そう考えられる。
これは、会社にとっても悪いことではありません。
依存している人間は、会社の顔色ばかり見ます。
しかし、自立している人間は、お客様と仕事を見ます。
辞める自由を持ちながら、それでも残る。
その人の方が、
自分の意思で仕事を選んでいます。
私は、
社員に会社へ依存してほしいとは思っていません。
会社がなければ生きていけない人を増やしたいとも思っていません。
RBRという会社を利用して、
料理を学ぶ。
商品を学ぶ。
数字を学ぶ。
広告を学ぶ。
人材教育を学ぶ。
経営者の判断を学ぶ。
そして、自分の力で生きられる人間になってほしい。
学び切って、
次へ進む必要があるなら進めばいい。
独立するなら、すればいい。
一緒に事業をするなら、それもいい。
会社に縛りつけるのではなく、
自分の意思で人生を選べる人間を増やしたい。
その方が、
会社にとっても、飲食業界にとっても価値があると考えています。
ただし、
会社以外に収入源を持つことは、
簡単ではありません。
仕事が終わって疲れている。
休みの日くらい休みたい。
何をすればいいか分からない。
失敗したくない。
人に知られるのが恥ずかしい。
最初は誰でもそうです。
しかし、
何もしなければ、何も変わりません。
一年後も、
同じ会社から同じように給料を受け取り、
同じ不満を言い、
辞めたいけれど辞められない状態が続きます。
独立したいのであれば、
会社が終わった後の時間も、
自分の未来を作るために使わなければなりません。
毎日何時間も必要なわけではない。
一日三十分でもいい。
週に一度でもいい。
学ぶ。
試す。
売る。
失敗する。
改善する。
その小さな積み重ねによって、
会社以外でも生きられる力が育っていきます。
誤解しないでください。
これは、
会社の仕事を適当にして副業へ力を入れろという話ではありません。
目の前の仕事には、責任を持って向き合う。
給料を受け取る以上、会社やお客様へ価値を返す。
その上で、
自分の人生のすべてを会社に任せない。
会社員としての責任と、
自分の人生を経営する責任を、
両方持つということです。
独立とは、
会社を辞めることではありません。
会社がなくても、自分で人生を選べる状態を作ることです。
会社員であっても、
収入を複数持ち、
必要な能力を学び、
自分の意思で働く場所を選べる人は、自立しています。
反対に、
店を持っていても、
借金の返済や取引先、周囲の顔色に振り回され、
何一つ自分で決められないのであれば、本当の意味で独立しているとは言えません。
生活は大切です。
だからこそ、
生活を会社だけに預けないでください。
給料を受け取ることと、
給料に人生を支配されることは違います。
会社で働きながら、
会社以外でも価値を作る。
小さくても、自分で稼ぐ。
収入源を増やす。
貯金を作る。
必要な能力を身につける。
そして、
本当に学びたい場所を、自分で選べる状態を作る。
人生の選択肢を、
給料に奪わせないでください。
会社から給料をもらってもいい。
しかし、
会社に人生の決定権まで渡してはいけません。
6.思考も鍛えなければ衰える

料理人の世界では、
技術は繰り返しによって身につくと言われます。
包丁を握る。
魚をさばく。
肉を焼く。
だしを取る。
盛り付ける。
毎日何度も繰り返すことで、
少しずつ精度が上がっていく。
最初は時間がかかっていた作業も、
経験を重ねれば、考えなくても身体が動くようになります。
火の入り方が分かる。
食材の状態が見える。
音や香りの変化に気づく。
何千回、何万回と繰り返すことで、
技術は身体の中に積み重なっていきます。
よく、
一つの分野で一流になるためには、一万時間の練習が必要だと言われます。
この数字をそのまま信じるかどうかは別として、
長い時間をかけて反復したものが、その人の能力になる。
その考え方自体は、間違っていないと思います。
しかし私は、
これは料理や接客などの技術だけの話ではないと考えています。
思考も同じです。
考えることも、技術です。
毎日考えている人は、
少しずつ深く考えられるようになります。
物事を表面だけで判断しなくなる。
原因と結果を分けて考えられるようになる。
一つの問題を、複数の角度から見られるようになる。
感情と事実を切り分けられるようになる。
数字を見て仮説を立てられるようになる。
失敗から、次に試すべきことを考えられるようになる。
そして、
考えたことを行動へ移し、
その結果を見て、
また考え直す。
この繰り返しによって、
思考する力は鍛えられていきます。
反対に、
考えない人は、
少しずつ考えられなくなります。
何をすればいいですか。
次はどうすればいいですか。
これは誰がやるんですか。
マニュアルには何と書いてありますか。
上司は何と言っていますか。
正解を教えてください。
毎日、誰かの指示を待つ。
自分では判断しない。
失敗しそうなことは避ける。
分からないことがあっても、自分なりの答えを出そうとしない。
その状態を何年も続ける。
すると、
自分で考えなくても働けることに慣れてしまいます。
指示がなければ動けない。
前例がなければ決められない。
何か問題が起きれば、誰かの責任を探す。
答えが用意されていない状況に耐えられない。
私は、
これが最も怖いことだと思っています。
考えない人は、
ある日突然、考える力を失うわけではありません。
毎日の小さな場面で、
考えることを放棄する。
判断を他人に渡す。
疑問を持たない。
自分なりの仮説を立てない。
その積み重ねによって、
少しずつ思考する力が弱くなっていきます。
筋肉と同じです。
身体を動かさなければ、筋力は落ちます。
包丁を握らなければ、技術は鈍ります。
人前に立たなければ、伝える力も衰えます。
思考も、
使わなければ衰えます。
ところが、
思考力は目に見えません。
包丁の技術であれば、
切る速さや仕上がりを見れば分かります。
接客であれば、
言葉遣いや動きを見れば分かります。
しかし、考える力が衰えていても、
本人はなかなか気づきません。
毎日仕事には行っている。
与えられた作業もこなしている。
大きな失敗もしていない。
給料も受け取っている。
だから、
自分は成長しているつもりになります。
しかし実際には、
仕事に慣れただけで、
考える力はほとんど伸びていないことがあります。
慣れることと、成長することは違います。
作業が早くなることと、
経営者としての判断力が身につくことも違います。
同じ仕事を十年続けても、
何も考えずに繰り返していれば、
考える力は育ちません。
むしろ、
決められたことを正確に繰り返すことだけが得意になり、
答えのない問題を避ける人間になることさえあります。
独立した後に待っているのは、
答えのない問題ばかりです。
この価格で売れるのか。
この立地で店を出していいのか。
この人を採用すべきか。
広告費をいくら使うのか。
新商品を続けるのか。
人件費を増やすのか。
営業時間を変えるのか。
赤字でも続けるのか。
撤退するのか。
誰も正解を教えてくれません。
過去の成功例が、そのまま通用するとも限らない。
昨日まで正しかった判断が、
今日は間違いになることもあります。
そのたびに、
自分で状況を見て、
情報を集め、
仮説を立て、
決断し、
結果を受け止め、
修正しなければなりません。
経営者に必要なのは、
正解を知っていることではありません。
正解が分からない中でも、考え続けられることです。
だから、
独立してから考える人になろうとしても遅い。
店を持った瞬間に、
突然、思考力が身につくわけではありません。
会社員時代に、
何年も指示を待ち、
判断を上司へ渡し、
失敗しないことだけを考えてきた人が、
独立した翌日から経営者として考えられるようになる。
そんなことはありません。
独立する前から、
考える習慣を持たなければならない。
今いる職場で、
なぜ今日の売上は低かったのか。
なぜこの商品は売れているのか。
なぜこのお客様は再来店してくれたのか。
なぜスタッフは辞めたのか。
なぜこの店は忙しいのに利益が残らないのか。
なぜ経営者はこの判断をしたのか。
自分ならどうするのか。
毎日、考える。
たとえ答えが間違っていても構いません。
大切なのは、
自分なりの仮説を持つことです。
私は、
最初から正しい答えを出せる人など、ほとんどいないと思っています。
考える。
試す。
失敗する。
修正する。
もう一度試す。
この繰り返しによって、
少しずつ判断の精度が上がります。
料理と同じです。
最初から完璧な焼き加減にできる人はいません。
失敗しながら、
火力を見る。
時間を見る。
食材の厚みを見る。
温度を見る。
そうして感覚を身につけていく。
思考も同じです。
売上が落ちた原因を考える。
広告を試す。
思ったような結果が出ない。
写真を変える。
商品を変える。
価格を変える。
伝え方を変える。
結果を見る。
そして、また考える。
この積み重ねが、
経営者としての思考を作っていきます。
一万時間、
料理だけをしてきた人は、
料理人としての技術を持っています。
一万時間、
接客を考え続けた人は、
お客様を見る力を持っています。
一万時間、
商品、数字、人、広告、利益について考えてきた人は、
経営者としての土台を持っています。
しかし、
一万時間、誰かの指示どおりに作業してきただけなら、
その人に残るのは、
指示された作業をこなす能力です。
時間を使えば、
自動的に成長するわけではありません。
何に時間を使ったかによって、身につく能力が決まります。
考えることに時間を使った人は、
考えられる人になります。
責任から逃げることに時間を使った人は、
責任から逃げるのが上手になります。
言い訳を作ることに時間を使った人は、
動かない理由を見つけるのが上手になります。
誰かの悪口を言うことに時間を使った人は、
他人の欠点を探すのが上手になります。
反対に、
問題の原因を探すことに時間を使った人は、
改善点を見つけられるようになります。
お客様を見ることに時間を使った人は、
小さな変化に気づけるようになります。
数字を見ることに時間を使った人は、
感覚だけに振り回されなくなります。
自分の失敗と向き合うことに時間を使った人は、
失敗を成長の材料に変えられるようになります。
人間は、
繰り返したものが上手になります。
だからこそ、
何を繰り返すのかを自分で選ばなければなりません。
独立したいと言いながら、
毎日考えることを避けている。
仕事が終われば、
自分の未来について何も考えない。
売上も見ない。
世の中の変化も見ない。
経営者の判断にも興味を持たない。
自分で商売を試すこともしない。
それで、
いつか経営者になれると思っているのであれば、考えが甘い。
経営者は、
肩書ではありません。
店を持っているかどうかでもありません。
考え、決め、行動し、結果を引き受ける人間のことです。
その力は、
毎日の中でしか鍛えられません。
私は、
スタッフに何でもすぐ答えを教えることが、
必ずしも教育だとは思っていません。
答えを教えれば、
その場の仕事は早く終わります。
しかし、
何でも答えを与え続ければ、
本人は考えなくなります。
だから私は、
「あなたはどう思う?」
「なぜそうなったと思う?」
「自分ならどうする?」
そう問い返すことがあります。
面倒に感じる人もいるでしょう。
早く答えを教えてくれと思う人もいるかもしれません。
しかし、
自分の頭で考えることから逃げ続ければ、
いつまで経っても誰かの指示が必要な人間のままです。
RBRが作りたいのは、
指示どおりに動くだけの人ではありません。
現場を見て、
お客様を見て、
数字を見て、
自分で考えられる飲食人です。
正解を待つのではなく、
自分で仮説を立てられる人。
失敗を恐れて止まるのではなく、
小さく試せる人。
間違えたときに、
誰かのせいにするのではなく、
次の改善を考えられる人。
そういう人間でなければ、
独立しても生き残れません。
考える人は、
考えられるようになります。
考え続けることで、
物事のつながりが見えるようになります。
一つの数字から、店全体の問題を想像できるようになります。
お客様の一言から、商品の改善点を見つけられるようになります。
スタッフの小さな変化から、退職の兆候に気づけるようになります。
世の中の変化から、次に必要な商品やサービスを考えられるようになります。
そして、
考えない人は、
考えられなくなります。
誰かに答えを求める。
決めてもらう。
責任を渡す。
環境のせいにする。
その生き方を続ければ続けるほど、
自分の人生を自分で動かす力は失われていきます。
時間は、
すべての人に同じように流れます。
しかし、
その時間を使って何を鍛えるかは、自分で選べます。
料理だけを鍛えるのか。
作業の速さだけを鍛えるのか。
人の顔色を読む力だけを鍛えるのか。
それとも、
自分の頭で考え、
自分の人生と店の未来を作る力を鍛えるのか。
独立したいのであれば、
今日から考えてください。
目の前の仕事の意味を考える。
経営者の判断を考える。
お客様が選ぶ理由を考える。
数字が動いた原因を考える。
自分の将来を考える。
そして、
考えたことを小さく行動へ移してください。
思考は、
頭の中だけで完成するものではありません。
行動し、
結果を見て、
初めて鍛えられます。
独立したその日から、
あなたを助けてくれるのは、
会社の名前でも、
上司の指示でも、
長く働いた年数でもありません。
それまでに鍛えてきた、
あなた自身の思考です。
考える力は、独立してから必要になる能力ではない。
独立するまでに、毎日鍛えておかなければならない能力です。
7.独立とは、人生の経営である

ここまで読んで、
「独立って、思っていたより厳しいな。」
そう感じた人もいるかもしれません。
その通りです。
私は、
独立を簡単なものだとは思っていません。
だからこそ、
独立したい人には、どうしても伝えたいことがあります。
それは、
店を経営する前に、自分の人生を経営できていますか。
ということです。
経営という言葉を聞くと、
売上を上げること。
利益を残すこと。
人を雇うこと。
店舗を増やすこと。
そういうことを思い浮かべる人が多いでしょう。
もちろん、それも経営です。
しかし私は、
経営とはもっと本質的なものだと考えています。
経営とは、
限られた資源を、どこへ使うかを決めること。
それだけです。
会社であれば、
お金があります。
人があります。
時間があります。
設備があります。
その限られた資源を、
どこへ投資するのか。
何を優先するのか。
何を諦めるのか。
その判断を繰り返すことが経営です。
では、
人生はどうでしょう。
人生にも、
限られた資源があります。
一日は二十四時間しかありません。
一年は三百六十五日しかありません。
体力にも限界があります。
使えるお金にも限界があります。
集中力にも限界があります。
そして、
命にも限りがあります。
つまり、
人生そのものが、
一つの経営なのです。
時間を誰に使うのか。
休日を何に使うのか。
お金を何へ投資するのか。
どんな本を読むのか。
誰と付き合うのか。
どこで働くのか。
何を学ぶのか。
何を捨てるのか。
その一つひとつが、
人生の経営判断です。
しかし、
多くの人は、
自分で決めているようで、
実はほとんど決めていません。
会社が決めた勤務時間で働く。
会社が決めた休日を過ごす。
会社が決めた仕事をこなす。
周りが残っているから帰らない。
誘われたから飲みに行く。
疲れたから動画を見る。
何となく休日が終わる。
気が付けば一年が終わる。
それを何年も繰り返す。
それは、
人生を生きているようで、
人生に流されている状態です。
私は、
それを「経営」とは呼びません。
時間は、
本当にそこへ使う価値があるのか。
その飲み会は、
自分の未来につながるのか。
その休日の過ごし方は、
一年後の自分を成長させるのか。
その人間関係は、
自分を前へ進めてくれるのか。
その仕事は、
今の自分に必要な経験なのか。
その給料は、
失ってまで学ぶ価値があるのか。
自分に問い続ける。
そして、
自分で決める。
それが人生を経営するということです。
私は、
店の経営より、
人生の経営の方が難しいと思っています。
店には、
売上という数字があります。
利益という数字があります。
人件費率もあります。
原価率もあります。
毎日、結果が数字になって返ってきます。
しかし、
人生には数字がありません。
だから、
自分で基準を持たなければ、
簡単に流されます。
何となく毎日が過ぎる。
何となく一年が終わる。
何となく十年が過ぎる。
そして四十歳、五十歳になった頃、
「あの時やっておけばよかった。」
そう後悔する人を、私は何人も見てきました。
私は、
そんな人生を送ってほしくありません。
独立とは、
店を持つことではありません。
自分の人生の責任を、
自分で引き受けることです。
会社のせいにしない。
上司のせいにしない。
景気のせいにしない。
親のせいにしない。
環境のせいにしない。
もちろん、
世の中には自分では変えられないこともあります。
理不尽なこともあります。
運が悪いこともあります。
それでも、
その状況で何を選ぶのか。
そこだけは、
誰にも代わってもらえません。
だから私は、
独立したい人に、
まず店を持てとは言いません。
まず、
自分という会社の社長になってください。
自分という会社には、
社員が一人います。
それが自分です。
その社員に、
どんな仕事をさせるのか。
何を勉強させるのか。
誰と会わせるのか。
何にお金を使わせるのか。
どれだけ休ませるのか。
健康をどう守るのか。
全部、
社長である自分が決めることです。
ところが、
その社長が何も考えていない。
時間の使い方も管理しない。
お金の使い方も管理しない。
勉強もしない。
健康も後回し。
人間関係も流されるまま。
そんな会社が成長するでしょうか。
しません。
店も同じです。
経営者が管理できない会社は成長しません。
だから私は、
人生も同じだと思っています。
人生を管理できない人が、
店だけ管理できるようになることはありません。
時間を管理できない人は、
スタッフの時間も管理できません。
お金を管理できない人は、
会社のお金も管理できません。
自分の感情を管理できない人は、
組織も管理できません。
だから私は、
独立前の人に、
経営の勉強だけをしろとは言いません。
まず、
自分の人生を整えてください。
毎日何時に起きるのか。
何時間勉強するのか。
誰と付き合うのか。
何にお金を使うのか。
何を我慢して、
何に投資するのか。
全部、
自分で決める。
そして、
その結果を受け入れる。
それができる人は、
店を持っても強い。
なぜなら、
店で起こる問題も、
人生で起こる問題も、
本質は同じだからです。
限られた時間。
限られたお金。
限られた人。
その中で、
何を優先し、
何を捨てるかを決め続ける。
経営とは、
その連続です。
だから私は、
独立という言葉を、
店を持つこととは考えていません。
独立とは、自分の人生の責任者になることです。
その覚悟を持った人だけが、
本当の意味で、
店の責任者にもなれるのだと私は思っています。
8.会社は人生の目的ではない

会社は、大切です。
働く場所を与えてくれる。
給料を支払ってくれる。
経験を積ませてくれる。
人と出会わせてくれる。
自分一人ではできない仕事を経験させてくれる。
会社があるからこそ、
学べることはたくさんあります。
だから私は、
会社を軽く考えているわけではありません。
お世話になった会社には、感謝すればいい。
育ててくれた上司には、感謝すればいい。
一緒に働いた仲間にも、感謝すればいい。
しかし、
感謝していることと、
一生そこにいなければならないことは別です。
会社は、
あなたの人生そのものではありません。
ましてや、
人生の目的でもありません。
会社は、
あなたの人生を前に進めるための、
一つのステージです。
そこで料理を学ぶ。
接客を学ぶ。
商品を学ぶ。
数字を学ぶ。
人を育てることを学ぶ。
経営者の判断を学ぶ。
失敗する。
叱られる。
任される。
責任を持つ。
そうやって、
次の自分になるための経験を積んでいく。
それが会社で働く意味だと、私は思っています。
ところが、
多くの人は、
会社に入った瞬間から、
その会社に居続けることを目的にしてしまいます。
嫌われないようにする。
評価を落とさないようにする。
波風を立てないようにする。
上司に逆らわないようにする。
辞めない人になる。
そして気がつけば、
何を学びたいのか。
何になりたいのか。
どこへ向かっているのか。
それすら分からなくなる。
会社に適応することばかり考え、
自分の人生に適応することを忘れてしまう。
それでは、
何のために働いているのか分かりません。
会社は、
あなたを成長させる場所であるべきです。
あなたもまた、
会社へ価値を返すべきです。
働く以上、
責任を持つ。
お客様へ価値を届ける。
仲間と協力する。
与えられた仕事をやり切る。
学ばせてもらった分、
成果で返す。
それが当然です。
しかし、
自分の人生を会社へ差し出す必要はありません。
会社のために生まれてきたわけではない。
上司に評価されるために生きているわけでもない。
辞めない社員になるために働いているわけでもない。
あなたには、
あなたの人生があります。
どんな仕事をしたいのか。
どんな人間になりたいのか。
どんな能力を身につけたいのか。
どんな生き方をしたいのか。
それを実現するために、
会社という場所を使えばいい。
もちろん、
会社もあなたを使います。
あなたの時間と能力を使い、
お客様へ価値を届け、
利益を作ります。
それは悪いことではありません。
雇用とは、
お互いに価値を交換する関係です。
会社は給料と経験を渡す。
働く側は時間と能力を渡す。
そこに、
どちらか一方だけの犠牲があってはいけません。
だから私は、
会社と社員の関係は、
依存ではなく、
成長のための関係であるべきだと思っています。
会社がなければ生きていけない人を作る。
辞めると言えない人を作る。
外では通用しない人を作る。
それは、教育ではありません。
囲い込みです。
反対に、
社員が会社に何も返さず、
学ぶことだけを求めるのも違います。
給料を受け取りながら、
目の前の仕事へ責任を持たない。
会社の資源だけを使い、
成果を返さない。
それも、自立とは言えません。
会社にいる間は、
徹底的に働く。
徹底的に学ぶ。
徹底的に価値を返す。
そして、
学び切ったら、
次へ進めばいい。
私は、
それでいいと思っています。
いつまでも同じ場所にいることが、
恩返しではありません。
成長しないまま、
会社にしがみつくことが、
忠誠心でもありません。
本当の恩返しとは、
そこで学んだことを次の場所で生かし、
より大きな価値を作ることです。
育ててもらった人間が、
次の人を育てる。
教えてもらった技術を、
次の世代へ渡す。
学んだ経営を使い、
新しい店や事業を作る。
それこそが、
会社や上司から受け取ったものを、
社会へ返していくことではないでしょうか。
だから、
辞めることを裏切りだと思う必要はありません。
正しい手順を踏む。
最後まで責任を果たす。
引き継ぎをする。
迷惑を最小限にする。
感謝を伝える。
その上で、
次へ進めばいい。
それは逃げではありません。
卒業です。
学校を卒業することを、
裏切りとは言いません。
学び終え、
次の場所へ進む。
会社も同じです。
学べるものがあるなら、
残ればいい。
まだ任されていない仕事があるなら、
挑戦すればいい。
尊敬できる経営者がいるなら、
その頭の中を徹底的に学べばいい。
しかし、
もう学ぶものがない。
同じ作業を繰り返しているだけ。
成長している実感もない。
未来へつながる経験もない。
それでも、
辞めるのが怖いから残り続ける。
それは、
会社のためでも、
自分のためでもありません。
ただ、
決断を先送りしているだけです。
会社に残ることも、
辞めることも、
どちらが正しいと決まっているわけではありません。
大切なのは、
自分で選んでいるかどうかです。
何を学ぶために残るのか。
いつまで残るのか。
何を身につけたら次へ進むのか。
そこを自分で決める。
そして、
その選択に責任を持つ。
それが、
人生を経営するということです。
会社は、
生活費をもらうだけの場所ではありません。
人生を止める場所でもありません。
自分を鍛え、
次の自分になるための場所です。
だから、
そこで学べる限りは学べばいい。
会社へ価値を返せる限りは返せばいい。
そして、
役割を終えたと感じたなら、
感謝して卒業すればいい。
会社を辞めても、
そこで得た経験は残ります。
教えてもらった言葉も残る。
失敗した記憶も残る。
一緒に働いた人との時間も残る。
自分の中に残ったものを持って、
次の場所へ進めばいい。
会社は、
あなたの人生を完成させる場所ではありません。
あなたが自分の人生を完成させるために通る、一つのステージです。
だから、
会社に尽くすことを人生の目的にしないでください。
会社から学び、
会社へ返し、
そして次へ進む。
その繰り返しの中で、
自分の人生を作ってください。
最後に残るのは、
どの会社に何年いたかではありません。
そこで何を学び、何を身につけ、次に何を作ったのかです。
9.まとめ

独立とは、
店を持つことではありません。
会社を辞めることでもありません。
銀行からお金を借りることでもありません。
自分の名前で会社を作ることでもありません。
それらはすべて、
独立のための手段にすぎません。
本当の独立とは、
自分の人生を、自分で設計し、その結果に自分で責任を持つことです。
どこで働くのか。
誰から学ぶのか。
何を身につけるのか。
何に時間を使うのか。
何にお金を使うのか。
誰と付き合うのか。
いつ今の環境を離れるのか。
どこで勝負するのか。
それを、
誰かに決めてもらうのではなく、
自分で選ぶ。
そして、
選んだ結果がうまくいかなかったとしても、
会社のせいにしない。
上司のせいにしない。
景気のせいにしない。
周りのせいにしない。
自分で考え、
自分で修正し、
もう一度前へ進む。
それが、
人生を経営するということです。
独立したいと言う人は、たくさんいます。
しかし、
今いる会社を辞める決断はできない。
給料が下がる職場は選べない。
学ぶものがなくても、生活が不安で動けない。
会社以外から一円も稼いだことがない。
自分の時間も管理できない。
勉強する習慣もない。
健康も後回し。
人間関係も周囲に流されるまま。
それでも、
「いつか自分の店を持ちたい」
そう言う人がいます。
私は思います。
店を持つ前に、
まず自分の人生を持ってください。
自分の時間を取り戻す。
自分の思考を取り戻す。
自分の収入を作る。
自分の進む道を決める。
自分で決断する。
その積み重ねが、
独立の準備です。
料理を学ぶ。
商品を学ぶ。
接客を学ぶ。
数字を学ぶ。
利益を学ぶ。
教育を学ぶ。
広告を学ぶ。
経営者の頭の中を学ぶ。
一つの場所で学べるものを学び切ったなら、
感謝して次へ進む。
包丁一本で、
経営者の頭の中を渡り歩く。
そうやって、
様々な考え方を吸収しながら、
最後は自分自身の経営哲学を作っていく。
それが、
独立へ向かう本当の道だと私は思っています。
会社は、
人生の目的ではありません。
生活費を受け取るだけの場所でもありません。
人生を前へ進めるための、
一つのステージです。
そこで学ぶ。
そこで価値を返す。
そこで成長する。
そして、
学び切ったなら卒業する。
感謝は持てばいい。
恩も忘れなくていい。
しかし、
感謝と依存を混同してはいけません。
会社に生活を握られ、
会社に時間を握られ、
会社に思考まで預けてしまえば、
自分の人生を選べなくなります。
だからこそ、
会社以外でも収入を作る。
自分の頭で考える。
小さく商売を始める。
失敗する。
改善する。
もう一度試す。
その繰り返しの中で、
会社がなくても生きられる力を身につけていく。
独立とは、
突然始まるものではありません。
開業届を出した日から始まるものでもない。
物件の鍵を受け取った日から始まるものでもない。
自分の人生を、自分で選び始めた日から始まっています。
今日の時間を何に使うのか。
今日の給料を何へ投資するのか。
今日、誰から何を学ぶのか。
今日、自分の頭で何を考えるのか。
その小さな選択の一つひとつが、
未来の経営者を作ります。
考える人は、
考えられるようになります。
決める人は、
決められるようになります。
行動する人は、
行動できるようになります。
反対に、
考えない人は、
考えられなくなります。
決断を他人に預ける人は、
自分では何も決められなくなります。
責任から逃げる人は、
責任を負えない人間になります。
人間は、
毎日繰り返したものが上手になります。
だから、
独立してから経営者になろうとしてはいけません。
独立する前から、
経営者のように考える。
経営者のように時間を使う。
経営者のようにお金を使う。
経営者のように学ぶ。
経営者のように決断する。
自分という会社を、
まず自分で経営する。
その経験を積んだ人だけが、
店を持った後も、
店の未来を自分で作っていけます。
私は、
店を持ちたい人を育てたいのではありません。
店を持つだけなら、
お金を借りればできるかもしれません。
物件を探し、
設備をそろえ、
看板を出せば、
店の形は作れます。
しかし、
店を作ることと、
経営を続けることはまったく違います。
私は、
開業する人を増やしたいのではありません。
借金だけを背負い、
人生まで壊してしまう人を増やしたくもありません。
私が増やしたいのは、
自分の頭で考えられる人です。
自分で道を選べる人です。
自分で価値を作れる人です。
失敗しても、
他人のせいにせず、
改善して立ち上がれる人です。
会社に依存せず、
会社とも対等に向き合える人です。
お客様を見て、
数字を見て、
人を見て、
未来を考えられる人です。
私は、
人生を経営できる人を増やしたい。
そういう人が店を持てば、
簡単には潰れません。
苦しいときにも考え続けます。
環境が変わっても、自分で答えを作ります。
スタッフを消耗品として扱いません。
会社へ依存する人間を囲い込むのではなく、
自分で生きられる人間を育てます。
そして、
次の誰かへ学びを渡していきます。
そういう経営者が増えれば、
飲食業界は変わります。
働く人が、
会社に人生を奪われる業界ではなくなる。
経営者に使い潰される業界ではなくなる。
料理を作るだけではなく、
自分の人生まで作れる人が増えていく。
私は、
そんな飲食業界を作りたいと思っています。
独立したいのであれば、
まず店のことを考える前に、
自分の人生を見てください。
あなたは今、
自分で働く場所を選んでいますか。
自分で時間の使い方を決めていますか。
自分でお金の使い道を決めていますか。
自分で学ぶ相手を選んでいますか。
自分で未来を作っていますか。
それとも、
会社や周囲に流されながら、
いつか人生が変わるのを待っているだけでしょうか。
誰かが、
あなたの人生を変えてくれることはありません。
会社も、
上司も、
家族も、
社会も、
あなたの人生の責任までは取ってくれません。
最後に責任を負うのは、
自分です。
だからこそ、
自分で選んでください。
自分で考えてください。
自分で動いてください。
そして、
自分が選んだ人生を、
自分の力で経営してください。
独立とは、店を持つことではない。
自分の人生の経営者になることです。
この記事を書いた人 Wrote this article
新田 敏之 RBR合同会社 統括 / 男性
RBR(Restaurant Business Reform)代表。 鉄板焼きの現場で25年。 これまで数多くの飲食店の立て直しを中心とした経営改善に携わり、売上改善、商品開発、人材育成、オペレーション構築、デリバリー事業の立ち上げなど、現場に入りながら支援を行ってきました。 現在は「ガブ飲み食堂」を運営しながら、主力商品の開発・ソースや商品の卸事業、デリバリーFC事業の展開、そして飲食店の経営改善支援を行っています。 このブログで発信するのは、机上の理論ではありません。 すべて現場で試し、失敗し、改善を繰り返してきた実践知です。 料理だけでは、お店は続きません。 利益が残る仕組み、人が育つ環境、お客様に選ばれ続ける理由。 私は、その「経営」を一人でも多くの飲食人に届けたいと考えています。 飲食店を増やしたいわけではありません。 利益が残る飲食店を、一店舗でも増やしたい。 その想いを胸に、今日も現場で挑戦を続けています。