訪日客が減った月に、飲食店は何を見るか|「言葉が通じる」より先に育てたい、伝わる現場力

訪日客が減った月に、飲食店は何を見るか|「言葉が通じる」より先に育てたい、伝わる現場力
この記事は約 11 分で読めます

訪日客の人数が増えれば、外国人向けのメニューを作る。減れば、インバウンド対応は後回しにする。そんな判断を、全国の数字だけでしていないでしょうか。

小さな飲食店にとって大切なのは、全国の旅行者数と自店の売上を短絡的に結びつけないことです。目の前のお客様が注文前に何に迷い、どんな不安を抱き、どの場面でスタッフに助けを求めるか。そこを見つけて店全体で解けるようになれば、言語や国籍を超えて選ばれる理由になります。

1.ニュースの要点:8月の訪日客は前年同月比9.6%減

訪日外客数の資料を読み、需要の変化を考える飲食店経営者(AI生成イメージ)

日本政府観光局(JNTO)が2026年9月16日に公表した推計では、2026年8月の訪日外客数は309万8,900人で、前年同月比9.6%減でした。一方で、韓国、台湾、米国など14市場は8月として過去最高を記録しています。JNTOは、夏季休暇などによる需要の高まりが見られた市場がある一方、時期的な需要の落ち着き、航空便の減便や台風による欠航などで前年を下回った市場もあると説明しています。

ここまでが公表された事実です。人数が減った原因を一つに決めたり、全国の減少率を自店の客数にそのまま当てはめたりすることはできません。飲食店が立つ場所、客層、時間帯、近隣の宿泊・交通環境によって影響は異なります。また、この統計は旅行者が飲食店で使った金額を示すものではありません。

RBRがこのニュースから考えるのは、需要の変動に合わせて広告費や設備投資を大きく振るより、どんなお客様にも「この店なら分かる、安心できる」と感じてもらえる現場の能力を育てることです。旅行者が多い月にも少ない月にも、店の価値を再現できるかが問われます。

2.「英語メニューを置けば十分」ではない

料理の量や注文方法についてお客様の質問に答える飲食店スタッフ(AI生成イメージ)

観光庁が2026年4月28日に公表した訪日外国人旅行者の受入環境調査は、飲食店にとってもう一つの手掛かりです。2025年11月18日から2026年1月13日に出国前の旅行者4,110人へ調査した結果、旅行中に「施設等のスタッフとのコミュニケーション」で困った人は15.4%でした。その項目で困った場所として「飲食店」を挙げた割合は38%です。38%は全旅行者に対する割合ではなく、コミュニケーションで困った回答者の内訳です。

言葉の問題があるなら、多言語表示や翻訳ツールを用意するのは有効です。ただ、それだけで食事の不安が消えるとは限りません。量が分からない。辛さや主要な食材を確かめたい。注文の仕方、会計方法、提供までの時間が分からない。質問をしようにも、忙しそうで声を掛けづらい。これらは外国人に限らず、初めて来店した日本人にも起こります。

一般論では、対応言語を増やすことが「インバウンド対策」の中心になりがちです。RBRは、何をどう伝える必要があるかを先に決めます。翻訳はそのための道具です。情報を増やしすぎてスタッフが説明できなくなれば、立派な多言語メニューも現場では機能しません。

3.小さな店が選ぶべき「伝える約束」

料理写真と食材情報を使ってお客様に説明する飲食店店長(AI生成イメージ)

大手には、多言語システム、専任担当、広告の規模があります。個店が同じ投資額と対応言語数で競う必要はありません。まず自店の料理と体験で、絶対に誤解されたくないことを絞ります。

たとえば、名物料理の量、辛さ、食べ方、主要な使用食材、追加料金、支払い方法。料理の説明が長い店なら、注文前に必要な情報と、料理が届いてから楽しめる情報を分けます。食物アレルギーは推測や曖昧な翻訳で対応せず、確認できる原材料・調理工程の情報と責任者への確認手順を整えます。確認できない場合は、その旨を正直に伝えることも店の信頼を守る行動です。

メニューには写真、量の目安、価格を見つけやすく置く。スタッフは指さしで確認できる短い説明カードを持つ。翻訳ツールを使う時は、注文の重要点を画面で相互に確認する。どれも高額な仕組みではありませんが、複数の手段がつながれば、お客様が迷った時に店全体で同じ品質の案内ができます。

説明カードを作るなら、一枚にあれもこれも詰め込まない方が使いやすいでしょう。最初の一枚は、注文方法、量、主要食材、会計方法など、お客様が注文前に知りたいことへ絞る。食べ方や地域の食文化は、料理が届いた時に人が伝える余地を残します。スタッフがその紙を見ながら自分の言葉で説明できるか、営業前に試してみます。翻訳文の自然さだけでなく、厨房の実際の提供内容と一致しているかを確認します。

重要なのは「全員が流暢に話せること」ではなく、「誰に聞いても、店が大切にする情報が正確に伝わること」です。それは小さな店でも磨ける、模倣しにくい組織としての力です。

4.店長がQSC+Hを注文の流れに組み込む

営業前に料理の説明方法をスタッフと共有する飲食店店長(AI生成イメージ)

伝わる接客を、気の利くスタッフ一人に任せてはいけません。その人が休めば品質が揺れ、忙しい日は声を掛けられなくなります。経営者が提供したい価値を、現場で繰り返し再現する仕組みにするのがオペレーションです。

たとえば経営者が「初めての人でも、土地の料理を安心して楽しめる店にしたい」と考えるなら、店長はそれを三つの行動に翻訳できます。入店時に注文の方法を短く示す。注文時に量と食材の確認箇所を案内する。提供時に食べ方や熱さを一言伝える。忙しい時でもできるよう、説明の順序と担当を厨房・ホールで決めます。

RBRのQSC+Hで見ると、料理と表示の整合性がQ、迷わせない案内がS、読みやすく清潔なメニューや卓上がC、相手の不安を察して確認する姿勢がHです。Hだけを「親切に」と教えても再現できません。四つが一続きの体験になるように設計します。

店長は営業前に一つの重点を伝え、営業後に「今日、説明で止まった箇所はどこか」をスタッフと確かめます。うまく通じた例を褒め、分からなかった表現を翌日のカードに反映する。経営者の思想を行動へ翻訳し、スタッフに伝承するこの反復が、接客を個人技から文化に変えます。

厨房にも役割があります。料理名だけでは伝わりにくい食材や調理法は、ホールが正確に答えられるように短く共有する。変更や品切れがあれば、紙とデジタル表示の両方を直す担当を決める。情報が古いまま残ると、スタッフが善意で説明しても約束と提供内容が食い違います。オペレーションとは作業の速さだけではなく、経営者が大切にしたい安心を、注文から会計まで繰り返し届ける仕組みです。

5.需要の波を見る数字は、来店人数だけではない

来客の反応、原価、労働時間を資料で確認する飲食店経営者と店長(AI生成イメージ)

全国の訪日客数が下がった月に、自店の外国人客が減ったとしても、原因が同じとは限りません。まず店の記録を見ます。時間帯別の来店組数、客単価、粗利益、注文で迷った場面、提供時間、質問や困りごと、レビューや再来店の反応。国籍を推測して記録する必要はありません。「初来店で説明が必要だった注文」のように、改善できる場面で捉えます。

説明に時間を使った分、他のテーブルが待ってしまえば、スタッフの負担もお客様の不満も増えます。写真やカードで伝えられる部分と、人が会話すべき部分を分けます。人は、好みを聞く、食べ方を提案する、不安を受け止めることに集中する。省力化は、削った時間をその店らしい価値に振り向けるために使います。

売上だけを追って手数料の高い集客媒体に依存すれば、忙しくても利益が残らないことがあります。外国人向けの施策でも、印刷、更新、教育、翻訳の費用と、現場に増える作業時間を含めて確かめます。働く人を疲れさせない設計であることが、続けられる競争力の条件です。

客数が少ない日こそ、気になる一組の動きを丁寧に観察できます。注文が止まった場所、追加注文につながった説明、会計時に確認が必要だったことを、次の営業で使える小さな改善に変える。大規模な調査にお金をかけなくても、店長とスタッフが同じ観点で記録すれば、現場は自店の客層を学べます。ただし一日や一組の反応だけで全体を決めつけず、複数日の傾向と季節の違いも見ます。

6.二週間で「伝わらなかった瞬間」を改善する

説明方法の改善実験をチームで振り返る飲食店スタッフ(AI生成イメージ)

最初の一週間は、スタッフが一日に一度だけ「説明で詰まった瞬間」をメモします。料理名、量、食材、注文方法、会計などに分け、お客様が困ったこととスタッフが困ったことを区別します。失敗した人を探すのではなく、仕組みが足りない場所を探します。

次の一週間は、頻度の高い一つを選んで直します。たとえば量が伝わりにくいなら、名物料理の写真と人数目安を追加し、注文時の説明を一文にそろえる。店長は営業前にその一文を確認し、営業後に使えた場面、言いにくかった場面を聞きます。食材の問い合わせが多ければ、確認担当と回答手順を先に整えます。

二週間後に、質問の回数が減ったかだけで評価しません。注文の行き違い、お客様の表情や反応、提供の遅れ、スタッフの負担、粗利益を併せて見ます。質問が増えたとしても、聞きやすくなった結果かもしれません。数字と現場の対話を組み合わせ、改善を続けます。

この小さな循環が、店長の翻訳力、スタッフの判断、料理の知識、ホスピタリティを結びつけます。繰り返された行動が習慣になり、共有された習慣が文化になれば、他店がメニューの文言をコピーしても同じ体験は作れません。RBRのいうケイパビリティは、こうした現場の積み重ねから生まれます。

訪日客の増減は、店が見るべき外部の変化です。しかし、それだけで店の進路を決める必要はありません。初めて来た人に何を伝え、安心して食事してもらうか。その価値を毎日再現できることが、旅行者にも地域の常連客にも選ばれる店をつくります。

出典

・日本政府観光局「訪日外客数(2026年8月推計値)」(2026年9月16日公表) https://www.jnto.go.jp/news/press/20260916_montly.html

・観光庁「訪日外国人旅行者の受入環境に関する調査を実施しました」(2026年4月28日公表、調査期間2025年11月18日~2026年1月13日) https://www.mlit.go.jp/kankocho/news08_00039.html

この記事を書いた人 Wrote this article

新田 敏之

新田 敏之 RBR合同会社 統括 / 男性

RBR(Restaurant Business Reform)代表。 鉄板焼きの現場で25年。 これまで数多くの飲食店の立て直しを中心とした経営改善に携わり、売上改善、商品開発、人材育成、オペレーション構築、デリバリー事業の立ち上げなど、現場に入りながら支援を行ってきました。 現在は「ガブ飲み食堂」を運営しながら、主力商品の開発・ソースや商品の卸事業、デリバリーFC事業の展開、そして飲食店の経営改善支援を行っています。 このブログで発信するのは、机上の理論ではありません。 すべて現場で試し、失敗し、改善を繰り返してきた実践知です。 料理だけでは、お店は続きません。 利益が残る仕組み、人が育つ環境、お客様に選ばれ続ける理由。 私は、その「経営」を一人でも多くの飲食人に届けたいと考えています。 飲食店を増やしたいわけではありません。 利益が残る飲食店を、一店舗でも増やしたい。 その想いを胸に、今日も現場で挑戦を続けています。