減塩を「薄味」にしない|健康を自然に選べる店は、味を仕組みにする

2026年9月25日、厚生労働省が推進する「健康的で持続可能な食環境戦略イニシアチブ」は、11月6日に「オープンフォーラム2026」を開催すると公表しました。テーマは、食環境づくりを通じた企業と社会の価値創出です。食品製造、流通、メディア、金融機関など45の事業者が参画し、健康的な選択を個人の努力だけに任せず、選びやすい環境そのものを作ろうとしています。
このニュースを、小さな飲食店が「大企業の健康プロジェクト」として遠くから眺める必要はありません。毎日のメニュー、仕込み、味見、声かけ、注文の取り方は、すべてお客様の選択を形づくる食環境だからです。
RBRは、減塩を単なる数値目標や味の我慢として扱いません。経営者が届けたい「おいしく、無理なく、また食べたい」という価値を、厨房と接客で繰り返し再現する仕事として考えます。大手と同じ研究設備や商品数を持てなくても、自店の味を言語化し、スタッフ全員で守り、少しずつ改善する能力は育てられます。
1.ニュースの要点:健康は「本人の努力」だけでは変えにくい

厚生労働省のイニシアチブは、日本の主要な栄養課題として「食塩の過剰摂取」「若年女性のやせ」「経済格差に伴う栄養格差」を挙げています。公式サイトでは、日本人の食塩摂取量はWHOが推奨する量のおよそ2倍であり、過剰摂取は高血圧などの生活習慣病につながるおそれがあると説明しています。
公表日は2026年9月25日、フォーラムの開催日は11月6日です。2026年9月時点の参画事業者は45社。フォーラムでは、イニシアチブの進捗、企業価値向上の事例、事業者間連携の実践例を共有し、展示や試食も行う予定です。
ここで重要なのは、健康的な食事を「知識のある人だけが選ぶ特別な商品」にしないという考え方です。公式サイトは、個人の努力だけでは栄養課題の解決が難しく、日々の食生活を取り巻く環境への働きかけが必要だとしています。
事実として確認できるのは、国が産学官の連携と事業者の具体的な行動目標を通じて、自然に健康的な選択ができる環境づくりを進めていることです。ここから先はRBRの考察です。飲食店にとっての食環境とは、メニュー表だけではありません。料理の設計、盛り付け、提供順、説明の言葉、選びやすさまでを含む、店全体のオペレーションです。
2.一般論との違い:減塩を「味を引く作業」で終わらせない

減塩と聞くと、塩やしょうゆを減らして味を薄くすることだと受け取られがちです。しかし、単純に調味料を減らせば、お客様の満足度が下がり、卓上調味料を足され、店の価値まで弱くなる可能性があります。
RBRが先に考えるのは、「この店は何をおいしさの中心に置くのか」です。香り、温度、食感、だし、酸味、香辛料、焼き目、旬の食材、盛り付け。塩味だけに頼らず満足を作る要素を分解し、自店らしい組み合わせを決めます。
これは健康メニューを一品追加する話ではありません。通常メニューの設計そのものを見直し、誰が作っても狙った味に届くようにする話です。健康を前面に押し出すかどうかより、「おいしいから選んだ結果として、無理のない食事になる」状態を目指します。
大手は商品開発部門や分析設備を持っています。個店が同じ規模で戦えば不利です。一方、常連客の反応を近くで見て、少量を試し、翌日から直せる速さは小さな店の強みです。その速さを思いつきで終わらせず、記録と共有につなげたとき、模倣されにくい能力になります。
3.味を感覚から共通言語へ変える

「もう少し薄く」「いい感じにだしを利かせて」という指示だけでは、作る人によって味が変わります。健康的な料理を安定して提供するには、味の狙いを現場の言葉へ翻訳する必要があります。
まず主力三品を選びます。調味料の分量だけでなく、加熱時間、煮詰まり、提供温度、香りを立てるタイミング、最後の味見の基準を書き出します。計量できる部分は計量し、数値にしにくい部分は見本となる状態を写真や短い言葉で残します。
次に、塩味を減らしたときに何を足すのかを一つずつ試します。だしを強くする、薬味を変える、焼き目を深くする、酸味を少量加える、温度を上げるなど、複数の変更を一度に行わないことが大切です。どの変更が満足につながったのか分からなくなるからです。
数字は現場を縛るためではありません。経営者の味の思想を、料理人やアルバイトへ正確に伝えるための共通言語です。店長は、レシピを守らせる管理者ではなく、なぜこの味にするのかを行動へ翻訳する役割を担います。
4.メニューは「健康を選んだ」と意識させずに選びやすくする

健康的な料理がメニューの隅に置かれ、特別な人向けの表示になっていれば、選択肢として存在しても選ばれにくいままです。食環境を変えるとは、注文前の迷いを減らすことでもあります。
店のおすすめとして自然に目に入る位置へ置く。写真では量の少なさではなく、湯気、焼き目、彩りを伝える。料理名では「減塩」を先頭に置くのではなく、素材や香り、調理法の魅力を表現する。接客では健康効果を断定せず、「だしと香味野菜で仕上げています」と、味の特徴を正確に伝えます。
ここでも大切なのは、売るための言葉と厨房の実態を一致させることです。接客が説明した魅力を、厨房が毎回再現できなければ信頼は積み上がりません。メニュー、レシピ、仕込み、提供の言葉を一つの設計として扱います。
QSC+Hで考えると、Healthを別項目として足すのではなく、QualityとHospitalityの中で扱えます。お客様に我慢を強いるのではなく、選びやすい形でおいしさを届ける。その配慮を特定スタッフのセンスに依存させないことが、RBRの考えるホスピタリティです。
5.利益を守りながら、小さく試す

健康的なメニュー開発も、利益が残らなければ続きません。高価な食材へ置き換える前に、主力商品の原価、仕込み時間、提供速度、廃棄、注文率を一緒に見ます。
たとえば、だしを取り直すことで食材費が少し上がっても、仕込みを共通化でき、複数メニューで使い切れれば、廃棄と作業時間を減らせる可能性があります。逆に、専用食材が余り、複雑な仕込みが増えるなら、健康の名目が現場の負担を増やします。
一品を二週間だけ試し、通常版との注文率、食べ残し、卓上調味料の使用、お客様の反応、調理時間を記録します。医療的な効果を店だけで判断するのではなく、店が確認できる行動と数字に絞ります。
改善の目的は、原価率だけを下げることではありません。利益を残しながら、働く人の時間とお客様への約束を守ることです。数字で課題を捉え、小さく試し、無理なく続けられる形へ直す。それが弱者の戦略としての実践です。
6.二週間で「味を仕組みにする」最小の実行計画

一週目は、主力三品を選び、現在の味を分解します。調味料、加熱、温度、香り、食感、盛り付けを書き出し、誰が作ると味が変わるのか、どの工程が曖昧なのかを確認します。お客様への説明も、現在使っている言葉をそのまま記録します。
次に一品だけ、塩味以外のおいしさを強める変更を一つ加えます。担当者だけで決めず、店長、厨房、接客で同じ料理を試食し、「何を残し、何を変えたか」を共有します。正解を一度で出す必要はありません。
二週目は、限られた時間帯や数量で提供します。注文率、食べ残し、追加調味料、提供時間、現場の手間を記録し、営業後に五分だけ振り返ります。変更を続けるか、戻すか、もう一度試すかを、感想だけでなく記録を見て決めます。
最後に店長が、分量、工程、味見、説明の言葉を一枚にまとめ、新人でもたどれる形にします。経営者の思想がレシピになり、レシピが行動になり、行動が反復されて習慣になります。共有された習慣が店の文化となり、他店が料理名だけを真似しても再現できないケイパビリティになります。
健康的な食環境は、大きな企業だけが作るものではありません。毎日一皿ずつ、おいしさと選びやすさを整える店も、地域の食環境を形づくっています。小さな店が持つ近さと速さを、仕組みへ変えていきましょう。
出典
- 厚生労働省「健康的で持続可能な食環境戦略イニシアチブ オープンフォーラム2026」(2026年9月25日公表、2026年11月6日開催予定)
- 厚生労働省「健康的で持続可能な食環境戦略イニシアチブ」公式サイト(参画事業者数・栄養課題・取組内容を確認、2026年10月1日閲覧)
※本記事は飲食店経営とオペレーションの考え方を扱うものであり、個別の医学的・栄養学的助言ではありません。健康表示や栄養成分、具体的な摂取目標を示す場合は、関係法令、公的資料、管理栄養士など専門家の確認を受けてください。
この記事を書いた人 Wrote this article
新田 敏之 RBR合同会社 統括 / 男性
RBR(Restaurant Business Reform)代表。 鉄板焼きの現場で25年。 これまで数多くの飲食店の立て直しを中心とした経営改善に携わり、売上改善、商品開発、人材育成、オペレーション構築、デリバリー事業の立ち上げなど、現場に入りながら支援を行ってきました。 現在は「ガブ飲み食堂」を運営しながら、主力商品の開発・ソースや商品の卸事業、デリバリーFC事業の展開、そして飲食店の経営改善支援を行っています。 このブログで発信するのは、机上の理論ではありません。 すべて現場で試し、失敗し、改善を繰り返してきた実践知です。 料理だけでは、お店は続きません。 利益が残る仕組み、人が育つ環境、お客様に選ばれ続ける理由。 私は、その「経営」を一人でも多くの飲食人に届けたいと考えています。 飲食店を増やしたいわけではありません。 利益が残る飲食店を、一店舗でも増やしたい。 その想いを胸に、今日も現場で挑戦を続けています。