人手不足なのに、人が壊れる店|全国労働衛生週間から考える「辞めない現場」の経営設計

人手不足なのに、人が壊れる店|全国労働衛生週間から考える「辞めない現場」の経営設計
この記事は約 17 分で読めます
営業前に体調と役割を確認する飲食店スタッフ

2026年10月1日から7日は、第77回「全国労働衛生週間」です。厚生労働省系の労働局が掲げる今年のスローガンは、「ひとりひとりが貴重な人材 心も体も健やかに みんな生き生き健康職場」です。

この言葉だけを見れば、健康診断、メンタルヘルス、転倒防止、熱中症対策といった個別の安全衛生活動を思い浮かべるかもしれません。しかし、飲食店の現場で起きていることは、それぞれ独立した問題ではありません。

人が辞める。残った人に仕事が集まる。教育の時間がなくなる。経験の浅い人が急いで作業する。清掃や確認が省略される。事故やミスが起きる。欠勤と残業が増える。QSCが落ちる。お客様の満足が下がり、再提供や廃棄が増え、利益が薄くなる。そして、さらに人が辞める。

この循環を前にして「体調管理を徹底しよう」「足元に注意しよう」と言うだけでは、何も解決しません。注意力は忙しさによって落ちます。経験は退職によって失われます。善意は疲労によって続かなくなります。

RBRがこの記事で主張したいのは、安全衛生は人事や福利厚生の周辺業務ではなく、顧客価値と利益を再現するオペレーションの中核であるということです。全国労働衛生週間を入口に、離職、労働災害、暑熱、店長機能、QSC+H、利益構造を一つの因果として捉え直します。

1.「人手不足」と「労働衛生」を別々に扱うから、現場は弱くなる

飲食店の厨房を巡視して安全状態を確認する店長

まず、複数の公表資料を重ねて見ます。

厚生労働省の「令和6年雇用動向調査」によると、宿泊業・飲食サービス業の2024年の離職率は、一般労働者で18.1%、パートタイム労働者で29.9%でした。人数では年間約107万人が離職しています。入職者も約121万人いるため、人がまったく入ってこない業界ではありません。問題は、入ってきた人を短期間で失い、採用と教育を繰り返していることです。

さらに、2025年10月24日に公表された新規学卒者の資料では、2022年3月卒業者の就職後3年以内離職率は、宿泊業・飲食サービス業で高校卒64.7%、大学卒55.4%でした。すべての離職を職場の問題と決めつけることはできません。転職によるキャリア形成もあります。それでも、若い人が技術、接客、判断の基準を身につける前に現場を離れやすい構造は、飲食店の教育投資と組織能力の蓄積に大きく影響します。

一方、厚生労働省が2025年5月30日に公表した2024年の労働災害発生状況では、全国の休業4日以上の死傷者数は13万5,718人となり、4年連続で増加しました。厚生労働省は飲食店についても、転倒、切れ・こすれなどの労働災害が増加しているとして、専用の防止マニュアルを公開しています。

業界全体の構造を考えるうえで参考になる地域資料もあります。宮城労働局がまとめた2024年の飲食店106人の労働災害では、事故の型は転倒30.2%、切れ・こすれ20.8%、高温・低温物との接触17.9%でした。経験年数では1年未満25.5%、1年以上3年未満25.5%で、3年未満が合計51%を占めます。これは宮城県内の集計であり、全国値へそのまま一般化はできません。しかし、人の入れ替わりが多い業界で、経験の浅い人が事故に遭うリスクをどう管理するかという問いを突きつけています。

ここで、離職率と労働災害を別々の会議で扱ってはいけません。両者は同じオペレーションの結果だからです。

退職が出ると、残った人の持ち場が増えます。教育担当者も通常営業を抱えているため、新人教育は「見て覚える」「分からなければ聞く」に近づきます。しかし、忙しいピーク中に新人が質問するのは簡単ではありません。分からないまま急ぎ、濡れた床をまたぎ、熱い鍋の後ろを通り、包丁やスライサーを扱う。事故がなくても、ヒヤリとした経験は積み重なります。

事故や体調不良で欠勤が出れば、さらに人が足りなくなります。休憩が後ろへずれ、閉店作業が一人に集まり、翌日の仕込みまで延びる。その状態でQSCを守ろうとすれば、スタッフは自分の時間と体力で不足を埋めるしかありません。これが続けば、退職の理由がまた一つ増えます。

つまり、飲食店の人手不足は採用数だけの問題ではありません。人が安全に働き、学び、経験を店に残せるオペレーションが弱いことが、人手不足を再生産しています。

2.転倒、暑さ、ストレスは、すべてQSCの「前段」で起きている

シフト表を見ながら勤務負担の偏りを見直す飲食店スタッフ

飲食店では、安全衛生と店舗品質が別のチェックリストになりがちです。衛生管理表は厨房、接客マニュアルはホール、勤怠は店長、健康問題は本人、という具合です。しかし、お客様が受け取る価値は、それらが合流した一回の営業から生まれます。

床が濡れている場面を考えてみます。これは転倒リスクであると同時に、清掃のタイミング、食器洗浄の動線、排水能力、ピーク時の役割分担、声かけのルールが重なった結果です。厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」には、ファミリーレストランの厨房で、食器洗浄機付近の濡れた床を移動中に転倒し、死亡した事例が掲載されています。重大事故はまれだとしても、「濡れたら拭く」だけでは、なぜ床が濡れたまま放置されたかを解決できません。

床を拭く人が決まっていなかったのか。ピーク時にモップを取りに行けなかったのか。排水や洗浄機の配置に問題があったのか。滑りにくい靴が選ばれていなかったのか。呼ばれたときに急いで移動する文化があったのか。これらを分解すると、安全対策はそのままオペレーション改善になります。

暑熱も同じです。厚生労働省によると、職場での熱中症による死傷者数は2021年の561人から、2025年には1,803人へ増え、2025年は19人が亡くなっています。2025年6月1日施行の改正労働安全衛生規則では、一定の条件に該当する暑熱作業について、熱中症のおそれがある人を把握する報告体制と、作業離脱・身体冷却・医療機関への搬送などの手順を定め、周知することが事業者に求められました。2026年3月には、業種・業態に応じて対策を選択できる新しいガイドラインも公表されています。

すべての厨房作業が同じ条件に該当するわけではないため、自店の温湿度、作業時間、設備、制服、熱源との距離を確認する必要があります。ただし、法律の適用条件だけを見て「うちは対象外」と考えるのは経営として弱い判断です。厨房で暑さにより判断が鈍れば、提供時間、火入れ、盛り付け、洗浄、声かけに影響します。水分補給や休憩を本人任せにすれば、真面目な人ほどピーク中に離脱できません。

メンタルヘルスも同じ構造です。厚生労働省の2024年労働安全衛生調査では、仕事や職業生活に関して強い不安、悩み、ストレスを感じる事柄がある労働者は68.3%でした。また、メンタルヘルス対策に取り組む事業所は全体で63.2%でしたが、10~29人規模では55.3%にとどまります。調査対象は常用労働者10人以上の民営事業所で、飲食店だけの数字ではありません。それでも、小規模な職場ほど専門部署がなく、店長と経営者の運用に依存しやすい現実を考える材料になります。

RBRは、QSCにHospitalityを加えたQSC+Hを重視しています。しかし、ホスピタリティを笑顔や気配りとしてスタッフに要求するだけでは長続きしません。暑くても、疲れていても、不安があっても、お客様の前では笑顔でいるよう求め続ければ、Hは自己犠牲になります。

本来のHospitalityは、相手の状態を見て先回りする能力です。それをお客様に対して再現したいなら、まず職場の中で、仲間の状態を見て仕事を調整できなければなりません。安全衛生はQSC+Hの外側ではなく、QSC+Hを成立させる前提条件です。

3.店長は「気をつけろ」と言う人ではなく、経営思想を作業条件へ翻訳する人

営業前にスタッフの体調と不安を聞く飲食店の店長

経営者が「人を大切にする」と掲げても、その言葉だけでは現場は動きません。忙しい営業中に何を中止するのか、誰をどこへ動かすのか、どの状態を危険と判断するのかに翻訳されて初めて、理念は行動になります。その翻訳者が店長です。

ただし、店長にすべてを背負わせてはいけません。「スタッフの体調をよく見て」「事故を起こさないで」「売上も落とさないで」と任せるだけなら、店長個人の経験と根性に依存しているだけです。必要なのは、判断の基準と権限です。

飲食店では、一日の流れを三つの場面に分けると運用しやすくなります。

営業前:3分で、人と仕事の「今日の差」を確認する

確認するのは病名ではありません。「睡眠や体調に不安があるか」「昨日と違う作業があるか」「新人が入る持ち場はどこか」「重量物、熱源、刃物、薬剤を誰が扱うか」です。個人情報を皆の前で詳しく話させる必要はありません。店長は、通常どおり任せられる仕事と、今日は調整すべき仕事を判断します。

ここで大切なのは、申告した人が損をしないことです。不調を伝えるたびに嫌な顔をされたり、評価を下げられたりすれば、次から誰も言いません。「早く言った方が店も本人も守れる」という経験を積ませることが、報告できる文化をつくります。

ピーク中:注意力ではなく、作業を止める基準を持つ

ピーク時には「もう少しだから」が続きます。だからこそ、事前に止める基準を決めます。床が濡れた範囲、厨房の暑さ、同じ人の連続作業時間、休憩の遅れ、刃物やスライサーの清掃条件などです。

基準を超えたら、店長が一時的に提供数を絞る、メニューを限定する、仕込みを後ろへ送る、持ち場を交代する権限を持つ。売上機会を一時的に減らす判断は難しいものです。しかし、事故、欠勤、離職、再教育まで含めれば、無理に一回のピークを取り切る方が高くつく場合があります。

営業後:反省会ではなく、仕組みに戻す

「今日は大変だった」で終わらせず、予定より延びた勤務、取れなかった休憩、ヒヤリ、再提供、廃棄、清掃のやり直しを一行で残します。誰が悪かったかではなく、どの工程で余裕が消えたかを見ます。

たとえば、納品と仕込みが重なり通路が狭くなったなら、注意喚起より納品時刻と保管順を変える。洗浄機周辺が濡れ続けるなら、モップの置き場所だけでなく、食器の戻し方、ラックの位置、担当交代のタイミングを変える。閉店時の薬剤清掃が一人に集中するなら、ラベル、換気、保護具、保管、終了確認を二人の引き継ぎにする。

店長の役割は、問題を全部自分で解決することではありません。経営者の思想を作業条件へ翻訳し、現場で起きた事実を経営へ戻すことです。この往復がなければ、理念は壁の言葉になり、現場の知恵は個人の経験のまま消えていきます。

4.安全衛生を「辞めない現場」のケイパビリティへ変える30日

営業後に改善点を共有して翌週の行動を決める飲食店チーム

全国労働衛生週間を、七日間のイベントで終わらせないために、30日間で一つの運用を作ります。大きな設備投資から始める必要はありません。小さく測り、小さく変え、再現できる形にすることが中小店の戦い方です。

第1週:人ではなく、余裕が消える工程を記録する

記録するのは次の六つです。

  • 予定外に延びた勤務時間
  • 予定どおり取れなかった休憩
  • ヒヤリが起きた場所と時間
  • 再提供、廃棄、作り直し
  • 清掃や確認の省略・やり直し
  • 体調や経験を理由に持ち場を変更した回数

人名を並べるのではなく、時間帯、工程、人数、作業条件を残します。目的は、失敗した人を探すことではなく、注意力を奪う構造を見つけることです。

第2週:売上表と勤務表とヒヤリを、同じ時間軸で重ねる

多くの店では、売上は売上、勤怠は勤怠、事故は事故として別々に管理します。これを30分単位または営業区分で重ねます。売上が伸びた時間に残業が増えたのか。客数に対して洗浄が追いつかず床が濡れたのか。新人配置の日に再提供が増えたのか。閉店直前の追加注文が休憩と清掃を圧迫したのか。

売上が高い時間でも、再提供、廃棄、残業、事故リスクが膨らめば、その売上は店に十分な利益を残していない可能性があります。安全衛生の記録を利益管理につなげる理由はここにあります。

概算するときは、次のように分けます。

欠員・事故に伴う負担 = 代替勤務の人件費 + 残業割増 + 教育をやり直す時間 + 再提供・廃棄 + 営業機会の損失

すべてを正確な金額にできなくても構いません。少なくとも「注意不足」で処理していた問題が、原価、人件費、売上機会、教育時間にまたがる経営課題であることが見えてきます。

第3週:一番大きい連鎖を一つだけ切る

改善案を十個並べる必要はありません。頻度、重大性、発見の遅れの三点から、最初に変える一つを選びます。

たとえば、洗浄機周辺の転倒リスクが繰り返されるなら、床を拭く回数だけでなく、食器の流れ、ラック、排水、靴、ピーク中の担当交代を一つのセットで見直します。閉店作業の残業が続くなら、人を増やす前に、ラストオーダー後の作業順、先に終えられる清掃、翌朝へ回してよい仕事、二人確認が必要な作業を分けます。

変更は一週間試し、勤務延長、ヒヤリ、再提供、清掃完了時刻がどう動いたかを見ます。良くなければ戻す。良ければ標準にする。この短い実験を回せること自体が、変化に強い組織能力です。

第4週:手順ではなく、「なぜ」を教える

新しいやり方を紙にしただけでは、店長が替わると元に戻ります。「床を拭く」「水を飲む」「休憩を取る」という行動だけでなく、何を守るための行動なのかを共有します。

床を拭くのは、事故を防ぐだけでなく、提供を止めず、お客様と仲間を守るため。休憩を調整するのは、楽をするためではなく、後半の判断と品質を守るため。不調を申告するのは、迷惑をかける行為ではなく、早い段階で営業を組み替えるためです。

理由が共有されると、スタッフは想定外の場面でも判断できます。決められた作業を守る段階から、店が守りたい価値に合わせて行動を選べる段階へ進みます。そこに教育、店長機能、オペレーション、Hospitalityが結びつきます。

大手は設備投資、採用費、専門部署で安全衛生を強化できます。中小店が同じ規模で対抗する必要はありません。現場の変化を早く見つけ、店長がすぐ作業条件へ翻訳し、一週間単位で改善し、全員が理由まで共有する。その速さと密度は、小さな組織だからこそ作れる強みです。

人を守ることと利益を残すことは、反対ではありません。人が安全に働けるから経験が残り、経験が残るからQSC+Hが安定し、品質が安定するから再提供や廃棄が減り、顧客から選ばれ、利益が残ります。

全国労働衛生週間に本当に点検すべきなのは、ポスターの有無ではありません。店の価値を守るために、誰かが自分の体力と人生を削って不足を埋めていないかです。その不足を仕組みに戻し、改善を繰り返し、文化へ変える。そこまで進んで初めて、安全衛生はRBRが考えるケイパビリティになります。

出典

この記事を書いた人 Wrote this article

新田 敏之

新田 敏之 RBR合同会社 統括 / 男性

RBR(Restaurant Business Reform)代表。 鉄板焼きの現場で25年。 これまで数多くの飲食店の立て直しを中心とした経営改善に携わり、売上改善、商品開発、人材育成、オペレーション構築、デリバリー事業の立ち上げなど、現場に入りながら支援を行ってきました。 現在は「ガブ飲み食堂」を運営しながら、主力商品の開発・ソースや商品の卸事業、デリバリーFC事業の展開、そして飲食店の経営改善支援を行っています。 このブログで発信するのは、机上の理論ではありません。 すべて現場で試し、失敗し、改善を繰り返してきた実践知です。 料理だけでは、お店は続きません。 利益が残る仕組み、人が育つ環境、お客様に選ばれ続ける理由。 私は、その「経営」を一人でも多くの飲食人に届けたいと考えています。 飲食店を増やしたいわけではありません。 利益が残る飲食店を、一店舗でも増やしたい。 その想いを胸に、今日も現場で挑戦を続けています。